LA - テニス

05-07 PC短編
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真田弦一郎 立海大付属中学三年
志月ゆい 都内私立女学園中等部二年



―――AM:9:00 デート開始



約束や頼まれ事をされた時、それを無下にしないよう言われ続けた。
いつか、自分に助けが必要な時に誰かが手を差し伸べてくれるだろうから、と。
これは厳格な祖父の言葉で、俺は今までそれを背くようなことはしなかった。
しなかった、とは言えども…今回ばかりは頷くべきではなかった。

渋谷ハチ公前、平和像。
今日が休日ということもあり、人は溢れていた。
有名な待ち合わせ場所でジッとしていることに、いささか不満も出て来ていた。
片手にはよくわからない雑誌を抱え、それを読む気にもなれずにいる。

事の始まりは…手塚からの一本の電話。
"悪いが頼まれてはくれないか?"
日頃にもない手塚からの頼み、内容を聞く前に頷いた俺が悪かった。
まさか、こんなモノを頼まれるとは思ってもいなかったからだ。
部内でも話題となっている不可解なゲーム。それは静かに浸透していた。
だが、俺には無縁の代物であり、関係のないことだと決め付けていた節さえある。
それなのに、それなのに、だ。

「あの…」
途方に暮れるが如く、行っていた精神統一。それを破る声。
目の前には短すぎるスカートにブーツを着用した女子が立っていた。
「待ち合わせ、だよね?」
「う、うむ」
「失礼だけど、中学生ですか?」
その言い草自体が本当に失礼だ、と思いつつも肯定する。
仁王に言わせてみれば、これが俗に言う逆ナンというヤツだろうか。
蝶よ、華よ、と親に可愛がられた娘がこうもなってしまったならば世も末。
両親に代わって説教をしてやりたいのだが、今回はググッと堪えた。
「もしかして…こんなの持ってる?」
「……あ」
彼女が俺の前に出して来たのは、指定された雑誌。
俺の手に握られているものと同一の物であり、それを持っている彼女は…
本当に来た、と認識する前に彼女が"遅れてごめん"と言っていた。

「私、志月ゆい。気にせずゆいって呼んでよ」
今時の子だと思われる風貌に、それなりの態度と言葉遣い。
校内にも良く生息する学生でも、俺の周りには決して近寄らない部類のもの。
同じ人間ながら苦手と称される者の出現に、正直戸惑っていた。
「そっちは?」
「真田弦一郎」
「弦一郎…弦ちゃんってトコかな?」
「げ、弦ちゃん…」
俺を良く知るものならば、この発言は命取りだと思うことだろう。
だが、彼女は俺を知らない。俺も彼女を知らない。
知らぬ、ということは究極に恐ろしいことだと改めて認識する。
「あれ?こんな愛称で呼ばれてない?」
「と、特には…」
俺に臆することのない態度、極めて不可解な発言。
それは彼女が全くの赤の他人で、今までに関わりなどなかったことを示す。
「だったら、私が名付け親だね」
毛色の違う存在に、俺はただただ圧倒されていた。


適当にふらふらと出歩いて、彼女が進むままに進む。
慣れない会話に必死になる俺を、彼女はひたすら笑っていた。
時折、珍しい人だと呟きながらも気まぐれに歩いていた。
「弦ちゃんって、いつもそうなの?」
「何がだ」
「堅いっていうか、古風っていうか」
ああ、確か赤也にも同じようなことを言われたことがあったな。
俺は俗世間から少し遠く、まるで仙人みたいな悟りを説き兼ねない人だと。
多少、浮世離れしているかもしれんが俺は俺。
特に堅苦しくしたいわけでもなく、これが通常…素というもの。
「あ!別に悪い意味で言ったわけじゃないよ?」
「ああ」
慌てて取って付けたような弁解。だけど、その言葉に嘘はなさそうだ。
嫌味を吐かれた、というような感覚は受けない。
それに、口から零れた言葉を後悔したのか、懸命に弁解する姿が垣間見れる。
「何て言うか、こんなカンジは久しぶりで楽しくって」
「……楽しい、か?」
「かなり!弦ちゃんは聞き上手みたいだし」
振り撒かれた笑顔、そこからも楽しんでいる様子は伺えた。
俺と接した女の子で"楽しい"などと言う子が今までに存在しただろうか。
改まった態度、履き違えた言動、そして異なった自分を出す姿。
彼女には、それが一切ない…気がする。
「あ、この辺に美味しいクレープ屋さんがあるんだって。行こ!」
「お、おい…!」
さり気なく掴まれた腕、絡めるように彼女の腕が巻きつく。
まだ互いに良く知らぬ仲だというのに…気兼ねもない。
「手を繋ぐってカンジじゃないんだよね」
「な、何が」
「ホラ、腕を組んで歩いた方が弦ちゃんらしくない?」
「な…!」
強引にも程があり、行動力も人一倍あるのだろう。
真っ直ぐな彼女は俺には無いものを持っているのだろう。
引き摺られるかのように、甘い香りを漂わせる界隈へと足を踏み入れた。


「うんうん、噂通りね!」
「…満足したか?」
「そこそこ、かな」
店員に進められるがまま、彼女は人気のクレープを頬張る。
基本的に和菓子の方が好きな俺は、オーソドックスなチョコバナナとやらにした。
だが、この異様なまでの甘さは尋常ではない。
つくづく女性というのは甘いものが好きなのだと認識する。
「あれ、弦ちゃんは苦手だった?クレープ」
「…苦手ではないが、この甘さは少々、な」
「食べたくなかったら頂戴。無理して食べてもキツいだけだろうし」
早くもクレープを完食した様子の彼女は、強請るかのように手を差し出している。
少なくともコレは俺の食べ掛けだというのに…彼女は気にした様子もない。
むしろ、笑いながら"間接チュウでも平気"などと不埒な発言をしている。
仕方なくクレープを譲渡すると、彼女はまた嬉しそうにそれを頬張り始めた。
「一度来て、食べてみたかったんだよね」
破天荒で活発で明るくて…裏も表もない姿は、少しだけ和むものがあった。
よく話して、よく笑って、よく食べて。それだけのことなのに。
「今度は友達と行けばいい。そうすれば店内で食べれるだろうし」
本当は店内で食べて行こうと話していたが、俺が耐え切れずにテイクアウトした。
充満した甘い香りが胃に溜まって、それどころではなくなったからだった。
彼女は少しだけ残念な様子を見せたが、すぐ笑って"仕方ない"と了承してくれた。
「友達、ね」
「ああ。いるだろう?学校だとか色々」
さっきまで笑っていたのに…その表情が少し曇った。
食べ終わったクレープの包みを握り締め、発せられた言葉。

「居たら、苦労はしないよね」

公園のベンチ、近場のゴミ箱へ投げられた包み紙は枠に当たって落下した。
それをしぶしぶ拾いに行く彼女の背中は、何処か寂しそうに揺れていた。


温かいジュースを片手に、ゆっくりと話し出す。
基本的に聞き上手ではないし、大した助言も出来ない俺に。
「人の性格って個々にあるでしょ?」
「ああ」
「私、昔からこんなで元気だけが取り得だった」
モノに話すのと代わりはないだろうが、それでも彼女は話し始めた。
俺の取り得は何か、と聞かれたから"部活くらいだ"と答えた。
すると彼女は笑って"それもアリだね"と否定しなかった。
「それでも問題ないと思ってた。けど…」
「けど?」
「何がいけなかったんだろうね。周りに人がいなくなった」
いつものように挨拶をしても、返事は疎らからゼロに変わっていく。
会話を持ち掛けても何かに怯えるかのように、スッと交わされていく。
次第に口数が減り、周りを見ることさえもが苦痛になっていく感覚…
俺には理解し難い状況下の中、彼女は耐えて、耐えて、逃げ出した。
「耐えれなくなってね。今は登校拒否」
行けど暮らせど、変化のない環境に置かれた彼女は病んだという。
全てを拒否し、全てを否定し、義務である教育を放棄した。
「だから、今日は楽しい気分になれた」
今日初めて見た彼女と、俺の知らない普段の彼女。
大きく差のあるギャップを何かの衝撃として突きつけられた気がした。
「姉が気晴らしに、ってね。この話を持ち掛けたの」
「……気晴らし、出来たのか?」
彼女は小さく首を振って、かすかな微笑みを浮かべている。
俯いて、今までより小さくなって…肩を落としていた。
「楽しいけど、出来れば友達とこう出来たら…って思ってる自分がいる」
「……」
「弦ちゃんは私を知らない人。私の友達だった子じゃない!」
涙ぐむ彼女に、俺はしてやれることが見つからない。
彼女が求めている相手は、少し前に出会った俺ではないのだから。
俺はただ聞き、気の済むまで話を聞くことしか出来ない。
「だけど、ずっと引き篭もるわけにもいかなくて…姉の学校へ転校が決まった」
「転校するのか?」
「そう。新たな環境へ移るために、ね」
女子校は女の子しかいないがため、付いた傷を修復することは困難だ、と。
彼女の姉は都内の付属高校へ通い、中学の校舎も近いことから進めたという。
心配で心配で、だから自分の近くでやり直しを、と。
「……今のまま、か?」
「今更、言葉は通じないから」
「……そうか」
相槌くらいしか打てない自分が歯痒くて、情けなくて…
だけど、何も知らない俺が、気持ちを共感出来ない俺が、何が言えるだろうか。
傷ついた彼女を慰めようとも、それが仇となっては意味がない。
優しいだけの言葉は、無意味な言葉は、その傷口には効果がない。
「もうこの話は終わり!暗くなるし、折角楽しいし…」
「……すまない」
「何謝ってるんだか!私こそ、聞いてくれて有難うね」

何も返せない俺に、彼女はまた微笑んで礼を言う。
何一つ、礼など言われることをしていない俺に、彼女は微笑んで…

「ゆい」

初めて、彼女の名を呼んだ。
純粋に真っ直ぐと、今、思ったことを口にするために。

「俺は学校外の、お前の友達だ」



―――PM6:00 デート終了。





その後、連絡先を交わすこともなく関係はなくなった。
"縁があれば"を合言葉に、俺たちはお互いの連絡手段を断った。
彼女はまた一人で…いや、姉と二人で頑張ると言って。
俺は彼女の友達で、彼女も俺を友達として、それを励みにすると約束した。


「最近、真田副部長が腑抜けてるんスよね」
「な…何を言う赤也!」
「だって、ボーッとしてるじゃないスか」

数日が経過して、今、彼女がどうしているかはわからない。
転校したのか、今の環境は問題はないのか、知る術もない。

「恋、だな」
「蓮二!貴様…!」
「あはは。見苦しいよ、真田」
「幸村まで!」

ただ、あの時のように笑っていてくれたならば…
今の俺が出来ることは、それを祈ることだけしかない。


「あーかーやー!」
休憩中、コート全体に響き渡った声。
それは女子のもので、誰もが振り返り、赤也を冷やかす。
赤也は"友達"だと言いつつも、笑顔でコートの外へと移動して行く。
二人連れの女子が赤也と談笑し、そして戻ってきた。
「真田副部長、呼んでますよ!」
肘で小突かれて、今度は赤也が俺を冷やかす態勢に。
冷やかされる理由が不可解で、もう一度、向こう側の女子を眺める。
「……あの子らは知り合いじゃないんだが」
「でも、用みたいっス」
足を運ぶ理由もわからぬまま、俺は赤也の友人とやらの方へ。
下級生に知り合いは居ても、俺を呼び出すような人物はいない。
徐々に近づけど、やはり知り合いではなく、見たことある程度の女子。
「何か用か」
「いえ、私ではなくてこの子が…って、何背を向けてんのよ!」
背を向けた女子、その背中をポンポン叩かれたことで振り返る。
笑顔を放出、気さくで気兼ねもなく、ただ真っ直ぐに。

「弦ちゃんって有名だったんだね!」

彼女の発言は、周囲を震撼させるものだった。
隣に居た女子も硬直し、たまたま歩いていた生徒も立ち止まる。
聞き慣れぬ愛称、気安い態度が原因とも言えるだろう。

「新しい学校、ココだったの」
「……」
「赤也と話してて…ビックリしちゃった」
「………」
「だから、何も言わずに驚かそうと思ってね!」

あの日の彼女は、そこに立っていた。
何も変わらず、破天荒で活発で明るくて…裏も表もない姿で。

「で、今日は弦ちゃんの彼女候補に志願しに来た」

集まったテニス部員の野次馬までも黙らせた一言。
硬直する俺たちを目の前に、彼女は何の空気も感じていない。

「間接チュウした仲だし、ね?」

旋風を巻き起こすが如く、彼女は上陸した。
全てを越えて、新たな風を背に笑顔で俺の前へと舞い降りた。


指定プラン:間接チュウ




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