LA - テニス

05-07 PC短編
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鳳長太郎 氷帝学園中等部二年
志月ゆい 青春学園中等部三年



―――AM9:00 デート開始



こんなゲームが流行っていたとは聞いていたけど…
まさか、自分にこんな企画が回って来るなんて思っていなかった。
これを回して来たのは私の友人。しかも…他校へ転校した子で、しばらくぶりの連絡だった。

"…てゲームが流行ってるんだけど、出来れば他校へ回していかなきゃいけないらしいのね"

彼女が言うには、どこかのテレビ番組で企画されたやつの一般モノ。
どこかの学生が初めて、すでに50組を超える学生がこのゲームをして来たらしい。
ルールは特にないらしいけど、次の人は必ず他校生にするのが決まり。

"待ち合わせ場所は……"

腑に落ちないゲームではあるけど、もしかしたらいい機会なのかもしれない。
引っ込み思案、大人しくて面白みがない。そんな自分自身を変えるためには…


片手に持たないといけないモノは一冊の本。
それは何でもいいとは聞いているけど、相手は私を捜せるの?
待ち合わせの場所は人が何人も通り、そこで立ち竦む私は少し変にも見えた。
周りをキョロキョロしても仕方ない。だから、ただ相手が気付くのを待っていた。

「あの…もしかして待ち合わせですか?」
そこに立っていたのは、私と同じくらいの年を思わせる男の子。
長身な彼、その片手には私と同じ本が握られていることに気付く。
「あの…もしかして…」
「あ、やっぱり!良かった。無事に会えて」
ホッとしたように微笑む彼。本当に全く知らない人。
彼は待ち合わせ時間より少し遅れた、と言ってただ謝っていた。
「すっぽかされた、て思われてたらどうしようかと思いました」
「それは私も同じ。見つけられなったらどうしようかと思った」
結構、気さくな人みたい。会話のテンポも悪くないし、話しやすいし。
この笑顔のせいなのかな。あどけないけどカッコよくもあり、可愛くも見える。
普段だったら…間違いなくお近づきにもなれないような風貌の持ち主。
「俺、鳳長太郎と言います」
「志月ゆいです」
お互いに自己紹介して、深々と頭を下げ合って…
周りの人から見たらきっと、私たちは異様な空気を醸し出しているかもしれない。
「じゃあ、行きましょうか」
その笑顔が本当に素敵で、少しだけこの変な企画に感謝してしまった。

休日ということもあって人は多く、もちろんカップルもたくさんいた。
名前しか知らない男の子と肩を並べて歩くなんて思ってもみかった。

「三年生だったんですね。受験大変でしょう?」
彼が自分のことを沢山話してくれるから、私も同じくらい自分のことを話す。
行き先も決まらないままにフラフラと、話しながら歩いていく。
「エスカレーター式だから、どうかな」
「あ、ウチもそうです」
「だから、特に何もしなくても受かると思う」
こんな大事な時期にフラフラしてていいのか、て思われても仕方ない立場。
だけど、彼は"それなら安心して遊べますね"なんて笑っていた。
そんな彼は受験を来年に控えた二年生だと言う。
しかも、結構有名な氷帝学園の生徒だというのだから驚いた。
「とりあえず…時間もありますし、喫茶店でお茶でもしませんか?」
彼が指差した方向は少しオシャレなカンジの喫茶店。
私は頷くと彼のエスコートの下、二人でお店へと入って行った。

私と彼の会話は身近なところから広まっていった。
彼はテニス部に所属していて、青学の生徒を意外と沢山知っていた。
それに、私にこの企画を進めてくれた友人も氷帝の生徒で…
その話をすると彼女もまた知り合いだと言う。
偶然にもテニス部に入っていたらしく、彼によれば元気に頑張ってるとか。

「ゆいって部活入ってそうなカンジしたのに」
「そうかな?あまり活発じゃなくて…苦手なの」
話の流れから、次第に私たちは名前で呼び合うまでになっていた。
共通した人物の名前が次々に浮上したし、通じるものも沢山ある。
気を遣うこともなく、臆することもなく、自然に流れる会話を私は楽しんでいた。
「長太郎はバスケとかイメージあるよね」
「よく言われますけど、身長だけでその辺に入るのが嫌だったんです」
少し早いけど二人で昼食を取りながら、どんどん進む会話。
凄く話しやすくて…これが企画だという事も忘れそう。
少し前までは全然知らない人だったのに、今では友達みたいに。
「長太郎って話しやすいね」
「そうですか?」
「きっと優しいからだね」
笑顔も口調も…全ての仕草が、彼の優しい性格を物語っている。
彼は間違いなくモテるタイプ。今度、彼女に聞いてみようかな?
「ゆいは可愛いですね」
微笑まれてジッと見つめられたら、変に期待して…誤解しそう。
だから私は敢えて目を逸らし、話を逸らすことで回避しようとしていた。

これはゲームで、ちょっとした夢。
そう思い込むことが出来なくなってしまったなら…
私は彼を好きになってしまうかもしれない。

「行きましょうか」
さり気なく手を差し出されて、私も自然にその手に触れていた。
初めて会った子と手を繋いでデート。それは夢としか言いようがなかった。
「ゆい、次はどこに行きたい?」
でも、現実だと証明出来る。だって…その手が暖かかったから。
軽く握られた手、距離を空けないように繋がれた手と手。
それは紛れもない現実で、自然に行われている。
「そうだね…海、かな」
「海?」
「あ…遠すぎだね」
突拍子もないことを言ってしまった、とすぐに後悔した。
折角のデートでわざわざ時間を潰してまで行くことはしたくない。
そう、折角楽しんでいるのに…時間を裂く真似はしたくない。
「ごめん、今のナシ――…」
「わかりました!」
子犬みたいに可愛い笑顔を見せて、彼は大きく頷いた。
何処か良い場所を見つけたかのように、何処か得意げな様子。
「と、遠くない…?」
「大丈夫です。近場にありますよ」
彼はそう言うと、少し歩調を速くして歩き出した。
人込みの多い場所、私の手を強く握り締めて…
「長太郎…」
「任せて下さい」
彼は笑顔で私の髪を数回、優しく撫でていた。
年下の男の子に髪を撫でられて…少し照れる自分がいた。

歩きながらまた話をして、その間に目が合えば彼は微笑む。
繋いだ手は放そうともせずにしっかりと握られていた。
時折、私に気を遣って、優しい言葉を掛けながら歩いて…

「着きましたよ!」
徒歩でどのくらいの場所だろうか。そう遠くはない場所。
彼は大きな施設の前まで来ると元気にそう言って振り返った。
「えっと…水族館?」
「プールはセクハラかなって思いましたので…」
少し顔を赤くして、頭を掻きながら呟いている。
一生懸命、海から連想して辿り着いた場所がこの水族館。
私の手を引いたまま、彼は早くも入場手続きをし始めている。
「あ、いいよ。私…」
「いいですよ。気にしないで下さい」
「でも、さっきも長太郎が出してくれたから…」
そう。さっきの喫茶店での伝票はしっかり彼の手にあった。
財布を持って構えていたのに、彼は微笑んで首を振って…
今度は、と意気込む私の手を長太郎はまた微笑んで止めた。
「素直に甘えて下さい」
そのまま私の手を取って、彼は何食わぬ表情で水族館へと入っていく。
"甘えて下さい"その言葉に一瞬、心臓が大きく高鳴った。
「…有難う」
"どういたしまして"そう言って彼は優しく微笑んでくれた。

――ダメ。
誤解しないように、期待しないように、そう告げる自分がいるのに。
微笑む彼が近くに居るから、その優しさが私に向けられているから。
今日限りの恋人、今日だけの人、恋する。好きになってしまう。

水族館の珍しい魚を見て、プリクラ機を見つけて一緒に撮った。
きゃいきゃい騒ぎながら、まるで本物のカップルのように…
「あ、見て」
「沢山ありますね」
水族館の隅に設置されたお土産屋さん。
そこには沢山のお菓子、ぬいぐるみ、小物が並んでる。
「見てみましょうか」
「うん」
アザラシとかラッコとか…とにかく可愛いぬいぐるみの山。
彼も手に取っては、その出来を耽々と評価している。
意外と可愛いものが好きらしく、はしゃいで見てる姿はまた可愛らしい。
そう言ったなら、彼はどんな反応を示すのだろうか。

ふと、視線に気付く。
近くにいた店員さんが微笑んでいることに…

「当店ではこんなモノも扱っているんですよ」
「え、どんなものですか?」
どうも私より彼の方が興味を持ったらしく、目がキラキラしてる。
店員さんの手の中、握られていたものが彼に差し出される。
「指輪?」
「真ん中の石が珊瑚礁なんですよ」
「綺麗な色…」
オモチャみたいなピンク色の珊瑚の指輪。
それはシンプルなデザインだけど、惹かれるものがある。
自然が生んだピンク色。石自体は小さいけど、本当に綺麗。
「じゃあ、彼女にこれを。お代は俺が…」
「え、長太郎!」
店員さんと向かうレジ。私は慌ててその後を追った。
すでに店員さんは嬉しそうにその指輪をラッピングし始めてる。
財布からお金を取り出そうとしている彼、その手を掴んだ。
「ダメ。私、自分で…」
「きっとゆいに似合いますよ」
「そうじゃなくて…」
何を言っても彼は微笑んだまま、スッと支払いを済ませて…
綺麗にラッピングされたものを私に差し出している。
「はい」
「長太郎…」
躊躇してしまって受け取ることの出来ない私。
お金は受け取ってくれないのに、私ばかりじゃ…不平等。
それを見てか、彼は少し落ち込んだような表情を浮かべた。
「…迷惑ですか?」
散歩に連れて行ってもらえなかった子犬のように、しょんぼりしてる。
私からすれば迷惑とか、そんなことはあるわけがない。
ただ、その好意が本当に嬉しくて、それだけで十分で…
「迷惑じゃないよ。嬉しいの。でも…」
「でも?」
「長太郎に、悪いじゃない…」
指輪なんて、ちょっとしたトモダチにあげるものじゃない。
本当なら好きな子とか、彼女とか…あげるべき人の下へ行くもの。
ましてや、知り合ったばかりの女の子に気を遣わなくても、いいのに。
「いいんです。後でお返し頂きますから」
彼はそう言うと、私の手の中、不器用にもそれを転がす。
笑顔で見つめられて、私もこれ以上付き返すような真似は出来なかった。
「有難う。大事にするね」
「はい」
「ちゃんと長太郎にもお返しするから」
「はい」
微笑む彼の目の前で、私は受け取ったものをきちんと仕舞う。
また彼が私の手を取り、ゆっくりその場を後にした。

二人で過ごす、残り時間も近まりつつある。
私の中に少しずつ切なさが生まれ始めていた。

水族館を出て、駅の近くの公園で私たちは話をし続けた。
お互い何も言わないけど、残り時間のことを考えてそれを選んでいた。
「結局、長太郎へのお返し買い損ねちゃった」
「そうですね」
繋がれた手はずっとそのまま、外すことをお互いがしない。
あまりにも自然で、人目も気にならないくらいに硬く繋いだまま。
「何か…名残惜しいですね」
時計を気にして、お互いに落ち着きがなくなり始めて沈黙も続く。
何か言わないといけないのに、言葉がうまく出てこない。
「……今日は楽しかった」
「俺もです」
「私…初めてだったの。デート」
手を繋いで街を歩いて…ずっと憧れてたデート。
それをこんな素敵な人と出来たのは、偶然出来た奇跡のようなもの。
「俺も初めてです。デートもこんなに楽しい休日も」
「良かった…」
記憶の片隅に少しだけ、残ってくれればいい。
こんなゲームで知り合った女の子がいた、って…
「偶然、何処かで会えるといいね」
「……」
長太郎は何も言わなかった。
私もそれ以上、何も言えなくなった。
この沈黙が彼も切ないっていう証なら…それは嬉しいこと。
楽しかった、離れたくない、そういうことだと信じてる。

「……ゆい」

急に、視界が暗くなって、体が温かくなって…
鼓動が異様に早鐘を打ち始める。この状況下で。

「……長太郎?」
「お返しに…もう少しこのままでいさせて下さい」

彼に抱き締められて、そうお願いされたから私も抱き返した。
大きな背中で私の腕は回しきれない。
それでも一生懸命抱きついた。

「有難うね、長太郎…」
「…このままじゃ、終わらせません」



―――PM6:00 デート終了。





一瞬の夢は次の日も私を切なくさせた。
それを彼も同じように思っててくれたならば…

私はその日にイトコへと電話して、このゲームを紹介していた。
"騙されたと思って…"そう言って、彼と話し合った待ち合わせ場所を伝えた。


いつも通りに授業を受けたけど、見事に上の空だった。
友達は気にしていたみたいだけど、"何でもない"と言うしかなかった。

放課後、私は友達の誘いを断って昨日の場所へと向かった。
昨日と全く同じで、何一つ変わるわけがないと知りながら眺めていた。
ただ違うのは、そこに長太郎がいないだけ…

機会があれば氷帝学園に乗り込んでやろう。
それで彼を驚かして、今、私の中に残された言葉を伝えよう。
デートの後に会ってはいけないなんてルール、ないから…


「また、会えましたよ」

確かに聞こえた。長太郎の、声。

「デートの後に会ってはいけないなんて、そんなルールないですよね」

確かにその姿を見た。自分の目でしっかりと。

「言ったでしょう?このままで終わらせないって」

昨日、最後に彼が呟いた言葉。

「長太郎…!」

抱きついた体は本物だった。
大きな背中で私の腕は回しきれない。
それでも一生懸命抱きついた。昨日のように…

「今日は…連絡先を教えて下さいね」


指定プラン:抱き締める




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