LA - テニス

05-07 PC短編
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---音楽を鳴らす



偽るつもりはなかった。ただ言えなかっただけ。
今のままでは適当にあしらわれると思って伏せたこと。
いつかは気付かれるとわかっていても、自分から言い出せる時は来る。
そう。自分から彼女に、自分の口から本当のことを――…


彼女の部屋は酷く荒れた部屋だった。
とてもじゃねぇけど、女の一人暮らしとは思えないほどに。
バラ撒かれたレポート用紙は間違いなく、卒業論文のボツもの。
学生生活にピリオドを打とうと、彼女は懸命だった。

「……相変わらず、きったねぇ部屋だな」

壁には数着のスーツが掛けられ、論文書きと同時進行で就職活動。
地道なのか、タフなのか。とにかく前向きに物事を進めていた。

「あ、景吾。来てたんだ」
「干からびてねぇか、見に来たんだよ」

この大事な時期に俺に構っている暇などないだろう。
だけど、こうして俺が出向いた時には必ず笑顔を見せる。
夏を越したせいか、以前よりも痩せた体を動かして…
バラ撒かれたレポート用紙を隅に追いやり、クッションを差し出す。
何食って生きているんだ?ガリガリになってる。

「汚くてごめんね。今、飲み物……」
「ゆい、心配すんな。ちゃんと持って来た」
「わざわざありがとう」
「とりあえず、手を休めろよ」

少し散らかったテーブルの上、物を退けながら空きスペースを作っていく。
買ってきた戦利品をところ狭しと並べて、食えと強要してみたり。
少し前までは普通に炊事していたようだが今は違う。
論文書きに就職活動に。足りない時間に追われている様子。
片付けもままならぬこの部屋は、少し見るに堪えない。

「随分と豪快に買ってきたわね」
「お前に干からびてもらったら困るからな」
「ちょっとやそっとじゃ干からびないわよ」

穏やかに微笑む彼女に、大人な色気を感じる。
決して見るからに大人だ、というようなカンジはしないのに。
こんな時に思う。彼女は俺よりも少し長く生きた大人なんだ、と。
学生から社会人へと飛躍しようとしている彼女に、少しだけ距離を感じる。
ちょっとした負い目と共に、ジワジワと蝕むかのように…
いつだって背伸びをしていた自分、いずれは大人になる自分。

来るべきときにはやって来るものを…急くように待ってる。
彼女と会う度に、彼女と時間を過ごす度に、ずっとずっと。
こうして、のんびり過ごす時間が幸せな分、言えなくなる。
重いものが引っ掛かって、言わなければいけない言葉を詰まらせる。

「…随分とおとなしいのね。考え事?」
「まぁ、そんなトコだ」
「色々あるわよね。考えることはお互いに」

ほんわかと微笑んで、持って来たコーヒーを飲んで…チクリ、と胸を痛める。
もし、本当のことを言ったならば終わってしまうのだろうか。
彼女は顔をしかめて、笑ってはくれないかもしれない。
彼女に嘘をつくということは…きっと、そういうことに繋がっている。
そんな気がして、口は固く閉じきってしまう。

「でもね。こうしている時だけ、他はどうでも良くなる」
「そうか?」
「景吾が一緒だからだろうね」

ゴチャゴチャした部屋に負けないくらい、ゴチャゴチャした俺の心。
だけど、少しだけスーッとする何かを感じて…
そんな時間を与えてくれた彼女をただ、無意識に抱きしめた。
穏やかな日差しが包み込む部屋の一角、流れる無音の世界。

「景吾だから好きなんだよ」

告げなければいけない言葉を口にする。
"景吾だから好き"だと言い切った彼女に向けて。

レポートの中に紛れたテニス雑誌に気付かないまま…



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御題配布元 Relation 社会人で御題「年の差はいつか無意味となる。」
氷帝三年R誕生祭、参加作品



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