LA - テニス

05-07 PC短編
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その香りが、果てしなく嫌いだった。



真っ白な部屋は何処か、くすんで見えていた。
それは明らかに彼女が口に銜えたままの煙草のせい。
少しキツめの煙草の香りは次第に部屋に充満していく。

「いい加減止めたらどうやねん」

テーブルに置かれた灰皿には吸殻が山となっている。
それを片すこともなく、平然している彼女に溜め息をつくばかり。

「気が向いたらね」
「とか言うて、全然止める気ないねんな」

"その通り"と言わんばかりの微笑みで、彼女は言葉の代わりに煙を吐く。
自分よりいくつも年上の女性にホレた俺が悪い。
見せ付けられる余裕と、年の差の分の大人な態度に苛立つ。
俺があまりも子供すぎて…それをハッキリと痛感してしまう。
せめてもう少し、俺の年が彼女に近かったならば…

「そういえば勉強しなくていいの?今年、受験でしょ?」
「あー…」
「何だったら見てあげるわよ?」
「別に。俺、お利口やさかい。験勉はせんでええねん」

学生なんてすでに何年も前に卒業した彼女の傍。
中坊の俺がこうして座っとる方が可笑しいのかもしれない。
早く…早く大人になりたいと願う。
彼女に、ゆいに釣り合うような…そんな男になりたい、と。
そうじゃないと胸が、息が詰まりそうになる。
俺は…いつの日か呼吸すら出来なくなってしまうんじゃないかって。
焦るこの気持ち、大人な彼女にはきっと、わからない…

「生意気ね。私なんか必死だったのに」
「そうなん?」
「……戻りたいな。今の侑士くらいまで。そうしたら……」

満タンになったままの灰皿に吸いかけの煙草を押し付ける。
バラバラ、バラバラと灰がテーブルに落ちてゆくのを眺めた。
まるで砂のように落ちゆく灰は、その場に小高い丘を築いている。

「一緒に学生ライフを送れたのにね」

儚く微笑む彼女の目に、少しの哀しみが宿って見えた。
ああ…もしかしたら、彼女もまた悩んでいるのかもしれない。
今の俺たちの年の差に、立ち塞がった見えない壁に。
大人の彼女と子供の俺。考えていることは同じなのかもしれない。

「……別に送らんでもええやろ」
「そう?一緒に登下校とかしたくない?学校帰りにデートとか」
「そんなん学生やのうても出来るわ」

同じ不安を共有しているのならば、何も怖いものはない。
焦る必要もなく、ただ一緒に過ごせたならば…
きっと、次第にお互いの心から消えてゆくのかもしれない。

「明日はゆいの仕事、はよ終わるやろ?」
「う、うん…」
「デートして帰ろや」
「ええ?私、普通にスーツだよ?」
「俺は制服や」
「恥ずかしくないの?」

"こんな年上の女と……" そう言い掛けたから、その口を塞いだ。
キツめの煙草の匂い、唇からは予想以上の煙草の味がする。
何でだろう。どうしてこれが大人の香りだと思ったんだろう。
ただ大人ぶったような煙草の味に酔う。

「ゆいが恥ずかしいわけないやん」
「……ホント?」
「そんなん言うたら、俺のコト恥ずかしい言われとるみたいやわ」

何かを気にして生活しなければいけない。
だけど、気にしなくてもいいコトだって沢山ある。
少なくとも俺は、そう考える。

「そうね…じゃあ迎えに来てもらおうかな。会社まで」
「ゆいがはよ終わったら、学校まで来てんか?」
「ラジャ。徒歩で迎えに行きましょう」

二人で笑って、くすんだ真っ白な部屋で口付ける。
懸命に大人ぶろうとしていた可愛い人の、その香りに酔いながら…




その香りが、果てしなく嫌いだった。



◆Thank you for material offer 海龍
御題配布元 Relation 社会人で御題「その香りが、果てしなく嫌いだった。」


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