LA - テニス

05-07 PC短編
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---音楽を鳴らす



何かストレスが溜まった日は、決まって一箱も二箱もケースが落ちている。
灰皿はパンパンになって、それでもギュウギュウに押し込んで灰が舞う。
まるで雪のように舞い積もって、それを目にした瞬間…僕は酷く切なくなる。
アレを止めて欲しい、というわけではないけど。だけど何故か、辛くなる…

「ごめん。煙充満しちゃってるね」
「いや、いいよ。気にしてないから」

窓を開けて、部屋中を浄化して…それでも染み付いた臭いと色。
白い壁紙はもはや白ではなく黄色に近い。それだけ、彼女はコレを愛煙しているということ。
ゴミ箱の中も煙草の空箱だらけ、灰皿の傍にも空箱が目立つ。
箱と灰と火の中での生活、目の当たりにするのは慣れているはずなのに…

「また何かあったの?」
「あ…やっぱりわかる?」
「ゆいの様子を見ればね」
「……さすが周助」

会社でドジしたとか、上司に叱られたとか、同僚に文句を言われたとか。
全てにおいて仕事のことで、今の俺には理解出来ないようなことも多いけど…
だけど、理解出来なくても聞いてあげたい。少しでも救いに、少しでも楽になるように、と。
僕に出来る最小限で最大限のこと。とても無力だと思うことがよくある。多々ある。
だから、彼女は僕ではなくアレに頼るんだ。僕ではなく…だから切ない。

「……周助に聞いてもらうと楽になる」
「そう?」
「傍に居てくれると安心もする」

彼女の告げたその言葉が本当か、嘘か…僕にはわからない。
ただ、傍に寄って来た彼女に口付けると決まって同じ味がする。アレの味。
好きにはなれない味。だけど、文句を言うことも出来ない。
だって、アレは彼女のストレス解消装置。そして、生命維持装置なんだと思うから。

「もっと一緒に居たいね」
「僕もいつもそう思ってるよ」
「……嘘」
「嘘じゃないよ」

もっと、もっと僕に頼って欲しいってワガママかな?ダメなことなのかな?
確かに頼りないかもしれないけど、それでもちゃんと男として扱って欲しい日もある。
わかってる。まだまだ子供だって事実も目の当たりにしている。だから余計に…
悔しいんだ、大人になりたい。焦る気持ちの方がずっとずっと先の方を走ってるんだ――…

「私、今の周助大好きだよ」

僕の気持ちに気付いているのか、気付いていないのか。
彼女はいつもそう言っては寄り添う。キスをするために、もっと近くにお互いを感じるために。
ふわっと漂う香り、口付ける度に残る味。窓を開けて浄化しても取れることはない。
僕は…嫉妬しているのだろうか。感情も心も無い物に。

「大好き…」
「僕も、誰よりも大好きだよ」

何度、逢瀬を重ねても縮まらない差は一体何だろう。
気持ちも同じところにあるはずなのに、どうして隙間風が吹いているのだろう。
箱に埋もれた場所で折り重なって、見せ付けるかのように彼女を求め、求められて…
それでも、何処か悔しさは残されている気がして…僕は嫉妬だらけの醜い子供――…

「煙草、吸わないの?」

しばらく折り重なって、彼女が離れた時に不意に聞いてみる。
彼女は穏やかに微笑んだだけで、特に返事はくれる様子はない。
だけど、その手は箱に行くことなく真っ直ぐに僕の方へと伸ばされて…

「アレは周助がいない時に吸うものよ」

僕たちはまた自然と口付けて、再び一つになるために折り重なった。
箱には目もくれず、僕だけを彼女は見つめていた。
ああ、何だ…と変な安堵感を得る自分が、確かにそこに居た。
煙草の代わりが僕なんじゃない。僕の代わりが煙草なんだ、と――…



◆Thank you for material offer 海龍
御題配布元 Relation 社会人で御題「銜え煙草の真実」


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