LA - テニス

05-07 PC短編
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---音楽を鳴らす



最近、女子生徒の間で流行していると聞いた。
携帯電話をカタカタされるのも何だが、これもまたどうかと思う。
現代においてはコレをする人も少なくなって、一種の風流物のようなモノ。
だが、やはり今行うには…間違っていると思う。


このクラスの生徒は伝書鳩となるのが好きなのだろうか?
次から次に手紙が各机ごとに分岐されては、教師の目を盗んで回されていく。
"○○ちゃんへ"とか"○○へ"と書かれた小さく折り曲げられた手紙たちが。
何のスリルを楽しんでいるのか、それは俺には理解出来ない点が多い。
だが、俺の元にさえ来なければ…何も問題はない。
だから目を瞑って、その行為は出来るだけ目にしないようにしていた。

「手塚くん…」
遠慮がちに小さい声で響いた、隣の席の女の子の声。
今まで授業中に声を掛けられたことなどあっただろうか?いや、そうない。
その子の方を横目で見れば、済まなそうな顔をして…伸ばされた手の中には小さな手紙。
その表に書かれた名前を見れば俺の席を挟んだ反対側、そっちの女の子への手紙だった。
「…ごめん。お願いします」
正直に言うと、俺を介せずにやり取りはして欲しかった。
だけど、本当にすまなそうにしているから…仕方がなかった。
隣の席の笹川から受け取った手紙。それを反対の志月へ。
実に簡単なことだが…片棒を担いでいるような気分。
そこそこの罪悪感を胸に、早くこの煩わしさから解放されたい気持ちもそこにはあった。
「……志月」
小さな声で呼びかけるが、志月は俺の声に反応しない。参った。
声を荒立てて呼べば気付くだろうが、とりあえず今は授業中。
そんなことが出来るはずのない状況下にあることは明らかなことで…
こんなことで神経を使って、こうしている間にも先生は話を進めていて…頭が痛い。
「おい、志月」
「ん…手塚、くん?」
二度目に呼んだ時、ようやく彼女はこちらに気付いた。
何で呼ばれたのか、まだわかっていない様子だったが構いはしない。
とりあえずは少し安心して、手紙を握った手を伸ばし掛けた時…
「そこ!何をしているか!」

――タイミングが、運が悪いとしか言いようがない。

「ごめんなさい!」
授業中に軽く説教を喰らい、結局は授業後に志月に手渡すこととなった手紙。
それを受け取るや否や、彼女たちはひたすらに謝り倒していた。
他のヤツだったならば上手いこと遣って退けたことなのかもしれない。
現に、後ろから見たクラスメイトたちの動きは俊敏なもので、何通もの手紙が回されている。
だけど俺は違う。黙認はしても手は貸したくはない、そう思っている人間。
「出来れば止めるか、別のルートで回して貰えないか?」
「…はい。以後、気を付けます」
二人は申し訳なさそうにして、また頭を下げている。
謝罪は二の次でいい。とりあえずは俺の言い分を理解してくれればそれで良かった。
彼女たちはクラスでも真面目な方で、決して素行や生活態度などは悪くない。
少しの注意できっと納得してくれる、そう信じていた。だけど…

「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
気を遣って考案してくれたと思われる手紙の回し方、小型の紙飛行機での投函。
俺の背後を通過する予定だったのか、前を通過する予定だったのか…
それは見事に俺の頭を直撃し、ポトッと俺の机へと墜落していた。
当然と言えば当然だが、俺の集中力はガタ落ちして…多少なりとも不快にはなった。
「邪魔するつもりはなくて、その…わざとでは…」
「わかっている、わかっているつもりだが…」
正直、授業中の出来事だからこそ、迷惑も良いところまで来ていた。
わざわざ授業中に手紙を回して、教師に見つからぬようにと頑張る意欲。
俺だったならば、その意欲は別の場所に使うことだろう。
「そうまでして手紙を回したいなら、授業中だけ席を交代させてもらう」
「え!でも…」
「それなら俺を通す必要はないだろう?」
ホームルーム以外ならば、席を交換しようとも問題はない。
そう勝手な判断をして彼女たちに伝えたものの、果たしてそれが良いことなのか…
それは俺にはわからないが、少なくとも授業を妨害されることは一切なくなる。
「どちらが席を替わるか?」

笹川が廊下側ということもあり、交換するのは志月となった。
休み時間の度に交換するのは、いささか面倒ではあったが安息は得られていた。
誰も気付かない一番後ろの席で、教師たちも何も気にすることなく授業を進める。
彼女たちは時折、手紙を交換しているようで…だけど俺を通す必要はない。
次の席替えまでの辛抱で、その後は解放されることだろう。


何気に座って、何気に見る机の端。
今までは全く気付かなかった場所に小さな文字を見つけた。

"迷惑掛けてごめんなさい"

丸みを帯びた可愛らしい文字、それが志月のものであることは明確。
だって、この席自体は志月の席であって、俺の席ではないから。
何気に見つけたメッセージを眺めながら、不意にシャープペンを走らせる。
そこはノートではなく、机。志月の書いた文字の下。

"たまには勉強もするがいい"

変な自己満足を得ていた。返事をすることで。
この返事があることを知らない志月は、気付いたら驚くのだろうか。
少しだけ楽しみになっている自分が、少し可笑しくも思えた。

翌日、いつものように着席する志月の席。
昨日の授業中に書き残したはずのメッセージは綺麗に消えていた。
その代わりにまた残されていた志月からのメッセージ。

"頑張ります。手紙は二の次にして"

この言葉は本当なのか、それはわからないけども少し笑ってまた返事を残す。
志月の書いた文字の下、小さく書き残した言葉。

"俺も人のことを言えた義理ではないがな"


この小さなやり取りは少しずつ続いた。一日にたった一度だけ。
朝のホームルームに志月が書いて、俺が返事をして、放課後には消されて。
翌日にはまた新たなメッセージがあって…またそれに返事をする。
誰も知らないだろう、このやり取りでは他愛もないことしか書かれていない。
だけど、少しずつ楽しみに、少しずつ返事に期待している自分がいる。
少しだけ、クラス内でふわふわと舞う手紙を理解することが出来た気がした。

そして、迎えることとなる席替えの日。
最後の最後に座った席の、志月からのメッセージ。

"今まで有難う御座いました"

改めて書かれると、何だかんだで実感する。
返事を楽しみにしていた自分、やり取りが最後となる寂しさを抱く自分。

"此方こそ、なかなか楽しかった"

この言葉を最後に、その日の放課後に席替えは行われた。


志月の席は全くの反対方向に位置し、ゆえは志月の後ろとなっている。
これで今まで通り、少し前の状況に戻るだけの話。
ただそれだけだと言うのに、妙に机の端に懐かしさ、寂しさを残す自分。
端には何の文字もないことを知りながら眺めて、ふと気付いた。

"下"

小さく書かれた一文字だけのメッセージ。
机の端、下の方へと目を落としていけば、また何かある。

"中央"

ノートをズラして、机の中央を見る。
するとまた、小さなメッセージを見つけた。

"手元"

ただの悪戯なのだろうか。わざわざ俺を誘導していく。
志月の仕業なのか、それもわからぬままに手元を眺める。
俺の手、こんなところに何か書かれた覚えもないのに自分の手を眺めて…
最後のメッセージ、それを手の隙間から見つけた。

"ずっと、貴方が好きです"

小さなメッセージに振り回された授業中。横目で見た志月は教壇を見つめている。
何食わぬ顔で、俺の様子には全く気付いていなくて。
このメッセージは果たして志月のものなのか、確かめる必要が俺にはあった。



◆Thank you for material offer 煉獄庭園
御題配布元 BERRYSTRAW 学園ラブ2 5のお題「授業中のラブレター」


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