LA - テニス

05-06 PC短編
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---音楽を鳴らす



教室の隅、一人頭を伏せて寝ている子がいる。
授業中に起きている気配なんかはなく、英二以上に図太いと思う。
教師が近づいてもお構いなしで、注意されても寝る。
しまいには教師の方が呆れてしまって、いつしか注意はされなくなっていた。
近くの席じゃないから拝めない、その寝顔。
きっと、可愛らしいのだろうと。



君に視える



「素晴らしい爆睡っぷりだね」
「……不二ぃ?」
彼女、志月ゆいとは、去年からのクラスメイト。
去年までは真面目で、授業中に寝ちゃうような子ではなかった。
成績も悪くないし、素行も悪くない…取り立てて目を惹くコでもなかった。
「最近、よく寝てるけど…」
「う…ん。色々あるのよ」
「夜に?」
特に返事はなく、ただ首を小ぶりに縦振りする。
まさか、遊び歩いているわけではないだろう。
彼女に限ってはそれはないと思う。
「何をしてるわけ?夜に…」
だけど、無鉄砲な彼女のことだ。
少し心配になってみる。
「星、見てるの」
「そう。夜空の星」
確かに星を見るならば夜しかない。
だけど、今までそんな動向は見られなかった。
少なくとも僕が見ていた限りでは…
「何でまた急に…」
目を閉じかけた彼女に問いかける。
返事は、なかった。

毎晩、毎晩のように星を見ているのだろう。
睡魔に襲われても仕方ない。
初めて見た彼女の寝顔。
それに少し、照れた。


放課後。
「志月」
睡眠を十分に取ったであろう彼女を呼び止めた。
昼間とは打って変わって元気そうな様子。
振り返った彼女には生気が戻っていた。
「何?」
「星はどこで観測してるの?」
「んー…近所の丘だけど」
「僕も一緒に見てもいい?」
彼女は驚いていた。
それは無理もない話だ。
僕も星に興味があるだなんて動向を見せていない。
実際、興味はそこまでないのだから。ただ…

「星の写真を撮りたいんだ」

半分はホント、半分はウソ。
欲しいんだ。ちょっとしたキッカケが…
「そっか。不二は写真好きだったね」
彼女は納得して詳しい場所を教えてくれた。
僕の家からは少し遠いけど、歩いて行けない距離ではない。
彼女の家からも…そう遠くはないらしい。
「私、9時くらいからいるから」
彼女はそれだけ言うと、教室を出た。

我ながらうまい嘘。
部活に集中することも出来ないまま、
ただ、時間が流れるのを待った。

午後8時。
大きな荷物とちょっとした食べ物を持って出掛ける。
あまりの大荷物に母親が心配してたけど…
「星の写真、撮ってくる」
それだけ言い残して、家を後にした。


今日、晴れだっただけに星は出ていた。
吸い込まれそうなほどに輝いて、鮮やかに…
街の灯りにも負けないほどに、僕を照らす。

「不二ッ」

約束の丘の手前、彼女は手を振って待っていた。
負けず劣らずの大荷物を抱えて。
「まるで家出娘みたいだ」
「それは不二も同じ」
お互い、抱えた荷物を片手に歩き始めた。
小高い丘の頂上。
そこに近づくにつれて、星の輝きが増していく。
「なるほど…ココは凄いね」
「でしょ?だから来るの」
彼女は自慢げな、得意げな表情を浮かべる。
昼間の学校での様子とは全く違う。
「ホラ、早く行くよ」
「…はいはい」
彼女に促されるがまま、丘の頂上へ。
そして、彼女の案内するベストポジションへと移動する。
そこは街の灯りを遮るかのような、
神々しいまでの星たちが無数に煌いていた。
「凄いなぁ…」
こんな都会の真ん中で、こんなに沢山の星が見られる場所。
まさか、こんなに近くにあるとは思わなかった。
「ほらほら、さっさとセットする」
星に見惚れるのは準備をしてから。
彼女はそう言って、ガチャガチャと機材を整える。
大型の天体望遠鏡…自前で持っているとは思わなかった。
「一式持っているんだね」
「そうよ。わざわざ買ったんだから」
「でも何で急に?」
一緒に組み立てながら、質問する。
昼間に答えてはもらえなかった、僕からの疑問。
夜にもなれば覚醒している彼女からは、きちんとした返答がもらえる。
その答えを待った。

「自分の星、見つけたいの」

組み立てた望遠鏡を覗き込みながら、彼女は話す。
「ほら、最初に見つけた彗星に名前が付けれるでしょ?」
「うん」
「私もね、自分で名前を付けれる星…自分だけの星を見つけたいの」
声からわかる、彼女の真剣さ。
取り立てて目立つ存在ではないのに、今は星のよう。
キラキラ輝いて、遠くにいるような気すらした。

「だったら、志月が見つけた星、僕に撮らせて」
「え?」
「志月の星、僕が撮りたいんだ」

何年掛かっても構わない。
だから君の傍で、僕が君の星を映し出す。

「これがゆい彗星です、って証拠が必要でしょ?」
「…ゆい彗星とは名付けないけどね」

彼女は笑って、また望遠鏡を覗く。
僕もまたその横で、彼女と同じ星を見ていた。



◆Thank you for material offer 遠来未来
眠りの淵、神月絢さんへ捧げます。
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