LA - テニス

05-06 PC短編
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---音楽を鳴らす



部屋にいつのまにかあるオルゴール。
その蓋を開けてみたら…
優しい音楽が流れて来た。





優しい



よく覚えていないけど、誰かにプレゼントしてもらったのは覚えてる。
それを大事に、今も大事に取っている私。
でも…誰から貰ったのかは忘れてしまっていた。



玄関を開けて、学校へ行こうとする私の目の前にいた男の子。
たまたまだと思う。
勢いよく開けた音で振り返った彼の顔はすごく驚いているから。
「あれ?おはよう、周助くん」
「おはよう、ゆいさん」
近所に住むニつ下の少年、不二周助はいつもの微笑みで私に挨拶してくれた。
昔はよく『ゆい姉さん』と慕ってくれた記憶がある。
それが年を重ねるにつれて『さん』に変わっていった。
「久しぶりね。今日は朝練はなかったの?」
「うん。今、テスト期間だからね」
玄関先でちょっとした会話。
こんなコトは今まで一度もなかった。
よく考えたら…少し前まで私は反抗期だったし、その期間から今も彼はテニスに没頭していたから。
「途中まで一緒に行こうか?」
「うん。そうだね」
何かが懐かしくなって、一緒に歩き出した私たち。
私の身長をいつのまにか抜いてしまっている彼に気付く。
気付かぬうちにきっと成長したんだろうね。
「久しぶりに不二くんの顔を見たわ」
昔と変わりのない愛らしさ、でもそのなかにも『男の子』っていう雰囲気も混じっている。
「そうだね」
「裕太くんは寮生活してるんでしょ?」
「うん。去年から学校が別になったからね。でも裕太、今もテニスしてるから試合の時に会える」
「そっかー、私も久しぶりに会いたいな」
私が小学校高学年になった時、無意識に変わっていった。
そのせいで彼ら兄弟との付き合いは少なくなっていた。


思春期が近くなるとどうしても起こる現象。
男の子は男の子と、女の子は女の子と。
同性でしか遊ばなくなってしまう。
それは一種の分岐点のようなモノ。
異性を意識して、想いの差が出てしまう。

女の子の私は、思春期が男の子よりも早く来るから…
当時の彼らにしてみたら『いきなり』の変化だったかもしれない。

「帰って来たら教えるよ」
「ありがと」





部屋にいつのまにかあるオルゴール。
その蓋を開けてみたら…
優しい音楽が流れて来た。
それと一緒になぜか懐かしい記憶が甦って来たのかもしれない。





「何か懐かしいね」
一緒にランドセルを背負って歩いていた頃が確かにあった。
最初は偶然で、どちらかが前方を歩いていて…気付いたら一緒に歩いている。
「そうだね」
数年の月日でも懐かしく感じる。
それは彼も同じなのかはわからないけど、ずっと微笑んでくれる。
「そういえば、周助くんは彼女出来た?」
「え?」
「この間、周助くんのおば様が来られた時にそんな話をしたの」
歩きながら言葉を紡いで、少しだけ変わった彼にそう尋ねてみる。
おば様と私の母親は仲が良くて、時々、一緒にお茶会をしていた。
丁度その時、私も遭遇した。
「周助も裕太もそんな話しない〜って言ってたよ」
その時に出て来た話題。
それは敢えて彼には告げなかった。


『……そうだ。ゆいちゃんさえよかったら、どっちかの恋人にならない?』
『ゆいには周助くんも裕太くんにも勿体ないですよ〜』
周助くんに似た綺麗な微笑みでそう言ったおば様。
それに返事をしたのは私ではなく母。
『二人とも甘やかされてるから、ゆいちゃんみたいな子がいいと思うの』
私は紅茶を飲みながら笑っていた。
近所の大人の会話だと思っていたから。
『ね、ゆいちゃんはどう思う?』
私も少しは成長していて、交わす言葉は用意できていた。
今で言う社交辞令。
それを無意識に習得していた。
『そうですね…どちらかにその気があるなら嬉しいお話ですよ』
『本当?だったら聞いてみないとね…』


こういうのを決めるのは親ではなく、当の本人。
それを大人は知っているから、更にそれを社交辞令で返して来た。
「ゆいさんは?」
「え?」
「彼氏出来た?」
彼は微笑んだまま、質問をそのまま返して来る。
やっぱり、彼も成長しているようで交わし方を身に付けているようだ。
「そうだね。僕も同意見」
「……交わしたわね」
「そうかな?」
こんな風に話をするのは、本当に久しぶりだと言うのに楽しい。
少しずつでもお互いが変化しているけど、変わらない何かがあって…
落ち着く感覚さえする。
「でも彼女がいないのは事実だよ」
にっこりと微笑む彼。
一瞬、暖かい感情が生まれて来た気がした。





部屋にいつのまにかあるオルゴール。
その蓋を開けてみたら…
優しい音楽が流れて来た。
忘れられた持ち主の姿を思い出して欲しくて…。





「あ…」
不意に何かを思い出した。
「どうかした?」
「……?」
でも、それはすぐにまた消えていった。
「今…何かを思い出しかけたけど…」
「けど?」
「忘れちゃった」
小さな記憶の欠片だったのかもしれない。
あまりも小さくて、淡いモノだったからすぐに消えてしまったのかもしれない。
「そんなのよくあることだよね」
「…うん」
少し胸に引っ掛かるコトだったような気がしたけど、また思い出すかもしれない。
そう思ったけど、やっぱり引っ掛かって…うまく返事が出来なかった。

歩く道のりは話をしているうちに短くなっていくことに気付く。
制服を着た生徒たちが入り乱れ、次第に私たちが浮き始めていることに気付いた。
高校の制服を着た私。中学の制服を着た彼。
少しの差が少しだけ重く感じた。

「…やっぱり目立つね」
急に口を開いた彼に、私は視線を合わせた。
「何が?」
「制服の差」
彼も周りのちょっとした視線に気付いたらしく、少しだけ…寂しく微笑んだ。
その表情は切なく、胸を締め付けられた。
「あと少しで高校の制服、嫌でも着れるわよ」
中学生の彼は…早く大人になりたいのだろうか?
高校生の私はまだ、このままでいたいと願うのに…



『あと一年後には卒業だね』
不意に出た友達からのセリフに流れていく時間の早さを知った。
来年には息も詰まるくらいに大変なモノがやって来る。
高校受験とは違う、将来を決める大きな分岐点。
『その前に受験だよ』
『進路も決めてないのにね』
決まった人もそうでない人も悩む時間。
それがあとわずかだと思った時に…このままでいたいと願った。
『このままでいられたら楽かな?』
『馬鹿ね、このまま悩み続けても一緒じゃない』
そうだね、と二人で笑ったのが最近のことだった。



でも、時間というモノは酷なことに嫌でも流れてくれる。
「そうじゃないよ」
彼は小さな声でそう言って立ち止まった。
そこはすでに私の通う高校の前。
彼も来年には上がって来るだろう青春学園高等部の校門前。
「僕が言いたかったのは年の差のこと」
「誰との?」
「…ゆい姉さんとの」
彼はそう言った。昔のように『ゆい姉さん』と。
それがやけに胸を締め付けるような…そんな声だったから戸惑った。
「僕が上がって来たら、一年後にはまたいなくなるでしょ?」
「それは…」
「仕方ないことだってわかってるよ」
彼は悲しそうに微笑んで、そう言ったけど…
私には何が言いたいのか、私に何を伝えたいのか。
それがわからずに、ただ彼の目を見ていた。





部屋にいつのまにかあるオルゴール。
その蓋を開けてみたら…
優しい音楽が流れて来た。
忘れられた持ち主の優しい気持ちを乗せて…





人が次々に校舎に入って行くなか、私たちは立ち止まったままだった。
「わかってるけど…」
「周助くん…?」
「そんな想い…三度もしたら充分だと思うよ」
『三度』という言葉。
彼はまだ悲しい微笑みを浮かべている。
私はその『三度』という言葉に…思い当たることはない。
「ここまで言って、ゆい姉さんは僕の気持ちわからない?」
――思い当たることはない…?
本当に、本当にそうなのかと記憶を探っていく。



思春期が近くなるとどうしても起こる現象。
男の子は男の子と、女の子は女の子と。
同性でしか遊ばなくなってしまう。
それは一種の分岐点のようなモノ。
異性を意識して、想いの差が出てしまう。
私は…普通の女の子で、思春期が男の子よりも早く来た。
でも当時の彼にしてみたら『いきなり』の変化だったかもしれない。



二度、訪れた卒業式。
『卒業おめでとう』
小学生だった彼も、中学生になって一年経とうとする彼も。
目が合った時にそう言って、私にも母にも微笑んでくれた。



――思い出した。
今度ははっきりと思い出した。



中学校の授業で作ったオルゴール。
私は学年の差があって、そんなのは作った記憶はない。
そのオルゴールの製作者は…



「僕の初恋の人…目の前にいるけど、まだ初恋は終わっていないんだ」





部屋にいつのまにかあるオルゴール。
その蓋を開けてみたら…
優しい音楽が流れて来た。
忘れられた持ち主の本当の気持ちが込められていた。





「母さんが言ってた…どちらかにその気があるなら嬉しい話なんだって?」
「……」
「社交辞令でも、僕はその気になったよ」
予鈴のチャイムが鳴り響くなか、人通りは全くなくなった。
校舎の方が騒がしく、私たちは外に取り残されていた。
「その気が本当にあるなら…僕と付き合って欲しいって言ってもいい?」



部屋にいつのまにかあるオルゴール。
その蓋を開けてみたら…
優しい音楽が流れて来た。
それは…私の心を暖かくして、満たしてくれていた。





戸惑いも迷いもあった。
でも、それ以上に満たされた気持ちが大きかった。
「いい…けど…」
まだ自分の、私自身の気持ちがよくわからない。
「私の気持ち…まだよくわからないよ?」
私の心を暖かくして、満たしてくれていたことは間違いない。
だけど、そんな曖昧な気持ちでも…いいの?
今、どんな顔をしているか、わからない。
見上げることも出来ない。
「僕のこと嫌いじゃないよね?」
「…当たり前でしょ」
「僕の気持ち、嫌じゃない?」
「すごく…嬉しい」
少し、少しだけ勇気を出して…
顔を上げた時に、いつもと同じように微笑む彼の顔があった。
それは私に向けられた微笑み。
「じゃあ…僕と付き合って下さい」
本鈴のチャイムが鳴る頃。
彼は『初恋』に終わりを告げた。



部屋にいつのまにかあるオルゴール。
その蓋を開けてみたら…
優しい音楽が流れて来た。



その音楽を一緒に聞いてくれる誰かを求めていたのかな?
それとも…私たちが一緒に聞く日が来ることを望んでいたのかな?





「周助」

私は昔みたいに彼を名前で呼び始めた。

「何?ゆい」

彼の呼び方は『ゆい姉さん』ではなく、『ゆい』に変わった。





今、二人でオルゴールを開いて思い出話をしている。
周助がくれたオルゴールは…今も綺麗な音楽を奏で続けている。



時間というのは不思議なモノで
刻々と私たちを近づけて、遠ざけようとしていた。
それでも私たちはその時間に抗うことなく一緒にいる。

少なくとも周助の言う『三度』は来ないと信じているから…



◆Thank you for material offer HOLY LOVE&せつない屋…
眠りの淵、神月絢さんへ捧げます。
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