LA - テニス

05-06 PC短編
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義理チョコ

「志月先輩?」
「あ…ごめん。ボーッとしてた」
「最近、ゆいの十八番だね」
「また観月先輩からいろいろ言われますよ?」

確かに…
女子部の監督は別にいるのに口出しする小姑、観月。
あ、今も睨んでる。

「不二も戻らないと怒られるよ」
「ホントだ」

今にも罵声を放ちそうな表情。
ちょっとくらい休憩してもいいとは思うんだけど…。

「じゃ、ボーッとしないように頑張って下さいね」
「不二も」
「おぅ」



最初は可愛いだけの存在。
年下の後輩君だし、接点は部活…とは言ってもなかなか話すことはない。

だけど…

『タイプの女の子は自分が好きになった子』
そう言った彼に恋した。



「不二って可愛いよね」
「純粋で真っ直ぐで可愛いと思うよ」

部内でも人気を誇る不二裕太。
その兄も兄で『天才』と謳われるからには人気はあるけど…
遠い不二よりも近くの不二。
抜け駆け禁止の辛い規定まで敷かれて何も出来ずにいた。

「抜け駆け禁止なんて誰が作ったんだろうね」
「…部長でしょ」
「…やっぱ?」

観月と同じように遠くで私たちを睨む部長の姿。
彼女もまた…私と同じステータスに立つ人物の一人。


「私はともかく…ゆいと不二が仲がいいのが気に食わないってカンジ?」
「祐希はカレシいるからね…」
「観月にフラれて乗り換えたって話聞いた?」
「…聞いた」
「それで不二に移って…抜け駆け禁止令」
「らしいね」

職権乱用もいいトコ。
それで観月に近づいてフラれて…不二へ。
で、部内の恋愛禁止とか言い出した。

気持ちはわからなくもないけど…
あんまりだとも思う。

だってそうでしょう?
好きになるのも恋愛も自由であって、それを縛り付けることは出来ないんだから。

「可哀想なヤツだわ」
「…言い過ぎだよ」
「あの性格じゃ…不二もゴメンだね」





彼の気持ちはわからない。
男の子から見た女の子の印象は違うから…

私たちから見た部長はイイ性格をした子だけど
不二から見た彼女は違う風に映ってるかもしれないじゃない?


悔しいけど…
私は十人並みで特に何も持ち合わせてない。

彼女ほどの自信も地位もプライドも…
本当に普通には変わりない。





「ね、こっそりチョコ渡そう?」
「…不二に?」
「そ。いざとなったら一緒に退部してあげる」

退部か…
それくらいの覚悟が確かに必要かもしれないわ。

「あと一年待ったら間違いなく受験で忙しくなるよ?」
「…そうだよね…」
「それに数ヵ月後には新一年生が来て…パワー負けするぞ?」
「…それもヤダ」

言って終わるか、言わずに終わるか…

そんな選択を祐希が強いるもんだから頷かざるを得ない。

「頑張るかな…」
「決定ね」





押されるがまま…
自分の意思はどこに行ってるんだろう?





『お疲れ様でした』


部活が終わって、二人で部長の怒りを軽く逸らして…
こっそりと向かった先は小さなお店。

「物凄く怒ってたよ…」
「気にすんなって」
「祐希はいいけど、私は本当に胃が痛くなっちゃうよ」

女の子の群れに紛れて、チョコを選ぶ。

私は不二に、祐希は彼氏にあげるために…

「怒るってコトはゆいに負けそうだからでしょ」
「…違うと思う」

彼女はフリーの女の子で不二に近づく子であれば…
誰だって眉間に皺を寄せて怒ると思う。

「あんな般若、怖くないって」
「そうかな…」

怖いと思う。
眉間に皺寄せて、冷静を装って怒る部長は…。

「コレ、可愛くない?」
「あ…うん、可愛いね」
「私、コレにするわ」


チョコ選びを始めて10分くらい経過した時、祐希のチョコは決まった。
話しながらもちゃんと目的を忘れずに動いてたなんて…
なかなか出来ることじゃない。

会計に向かった彼女とまだワゴンのなかを見つめている私。
ちょっと焦り始めていた。


「うーん…」

ハート型、星型、四角に丸…
形だけでもたくさんあるのに、甘いのから甘くないのまでたくさんある。

「甘いのと甘くないの…どっちがいいのかな?」
「…僕は甘くない方が好きです」

甘くないのがいいのか…

「って、観月ッ?」

「何をしておいでですか?志月さん」
「えっと……」
「野暮な質問ですよ、観月さん」
「ふ、不二まで…ッ」

店内に入って捜せばよかった…なんて今更?

「おや、観月に不二」
「…貴方も居たんですか?笹川サン…」

「ゆいがいるところに私アリです」

買い終わった祐希が戻って来たかと思えば…睨み合い。
祐希と観月って仲悪いらしい。

「誰も観月の分は選んでないから安心してよ」
「僕は貴方たちから受け取ることはありませんから」
「私もあげることはないから」

ブリザード…です。
寒いのに更に寒い。


「志月先輩は誰かにあげるんですか?」
「えっと…」
「あげるなら甘い方がいいですよ」

甘い方が好きってコト?

「甘い方が好きなの?」
「何となく可愛らしくないですか?」

そんなモンかな?
不二にあげるチョコを不二にアドバイスしてもらうなんて…
変な感覚。

「じゃ…そうしようかな」
「頑張って下さいね、応援してます」
「…ありがと」


何か…変。


「裕太、行きますよッ」
「あ、ハイッ」


今の言葉って変じゃない?



「アドバイスしたんで義理チョコ期待してますね、志月先輩」


やっぱり…変。


彼らが去った後、私は何も選ばずに終わった。

祐希には不二の言葉が聞こえていなかったらしく、事情を知らないから怒って…
でも、選べなかった。



誰かも知らない本命の応援をされて…
義理チョコを希望されて…
それって嫌でも失恋だと思う。

渡す前から失恋なんて…
滑稽だと思う。
涙も出ないほどに…笑えた。





そっか…
『タイプの女の子は自分が好きになった子』
これってその他の子はどうでもいいってコトなんだよね。





よかった、って思いたい。
気まずくなるよりも…










普通に振舞って、近づいて来るバレンタインに怯えてた。
それでも時間は迫って来て…

「あれ?部活休みですか?」

本当に…
残酷にも会わなくて良い人に会ってしまった。

「不二?」
「どうしたんですか?具合でも悪いんですか?」

避けたかった。

だから嘘までついて…部長にも祐希も。

「何でもないよ、ちょっと失恋しただけだから」
「……そうなんですか」
「居た堪れないから帰るの」

なんて…言っても仕方ないよね?
言わずに終わってしまうけど…その方がいい。

「そのチョコは…受け取って貰えたんですか?」

首を横に振る。
だって買ってないから。

「俺に…くれませんか?」
「…買ってないから」
「え?あの日…」

知らないって凄いね。
残酷にも傷をえぐって…また大きな穴を開けていく。

「買う前に失恋したから…」
「それって…」
「もういいから…」


今更、今更泣いても仕方ないから。
普通の状態である今、いつもの私のまま帰らせて?
お願いだから…


「じゃあ、またね」


精一杯の笑顔、それで歩き始めた。
冷静に冷静に…





しばらくして泣いた。
初めて…本当に失恋した実感が沸いた。
















しばらくして祐希から連絡があった。
彼氏が用があって一緒に居られなくなったから…ってそんな連絡。

今は無理、そう返事したけど…
無理やりに出てくるように指示した。

場所は近くの公園。
私と祐希のいつもの待ち合わせ場所…。


私は行かなかった。


すると…携帯電話が鳴り響いた。
公衆電話からの…電話。

それにも出ずに、ただ呆けた。





ピーッという音。
その後に聞こえた声…



『志月先輩が好きです』


不二の声だった。


『今は観月さんが好きでも構いません。とりあえず、会いたいから来て下さい。今、近くの公…』


たった20秒間のメッセージ。

祐希の意図が見えて…不二の気持ちが見えて…
着替えずに走り出した。

携帯だけを握り締めて…



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