LA - テニス

05-06 PC短編
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そんな男とは別れて、俺のトコに来い。

俺はそんなキツい思いはさせないから…






深夜に届いたメール。

聞き慣れない音に反応して、受信ボックスを開けば…

思わず、目が点になった。

Subjectには無題、送り主は"佐伯虎次郎"

内容は…誤送信ではないか、そう思われるような文章。

返事は…返さなかった。





メールの真意





不毛だとはわかっていた。

だけど、少なくとも自分の意思で付き合い始めて…

最近ではその熱も冷めてきた恋。

誰に相談したわけでもなく、誰に愚痴ったわけでもない。

ただ、聞かれたら淡白にも答えて…

勝手な解釈をされた。

どうやら、私は可哀想なヒトだと。

「……」

携帯に触れて、何度もメールの本文を読み返す。

確かに、サエにもいろいろ聞かれた。

愚痴にならない程度に全てを答えた。

それがどうして、この文章の返信になってくるのか…

私にはわからなかった。



「おはよう、志月」

聞き覚えのある声に、思わず携帯を閉じる。

目の前には声とメールの主、サエの姿。

いつもと同じようなカンジで、何もなかったような表情。

「おはよう」

「聞いたか?今日の四時限目は自習らしいぜ?」

誤送信決定の瞬間。

少し安心して、いつものようにサエに接する。

「ホント?英語潰れたんだ!!」

「残念。潰れたのは音楽。英語は五時限目らしいよ」

「……なぁんだ。ぬか喜びしたじゃない」

大嫌いな英語が潰れなかった事実が突き刺さる。

溜め息をついて、大げさに残念がる。

残念、というよりもむしろ…あのメールが誤送信で安心した。

「お前、ホントに英語嫌いだよな」

「まぁね。嫌いなんてレベルじゃないわよ」

普通に会話が成立出来ている事実。

安心した反面、少し残念なのも事実だったりした。


私とサエは去年初めて同じクラスになった。

一年間で仲良くなって、クラス替えでまた同じになって…

二人で大笑いして、"またよろしく"って握手したっけ。

こんなに仲良くなった男の子はサエが初めてだった。

初めての、ホントに初めての男友達。

だから…女友達と同じくらい大事な存在だった。


「あ、そうそう」

不意にサエが話を切り出す。

いつもなら、平気な顔して返事が出来たのに…

不本意にも動揺した。あのメールのせいで。

「え?なになに」

「今日の放課後さ、タビデたちとアサリ祭りするんだけど…」

六角中男子テニス部恒例のアサリ祭り。

また朝のランニングついでに潮干狩りをしたらしい。

「志月も連れて来いって、剣太郎がうるさいんだ」

「ああ。あの後輩くんね」

「…どうする?」

断る理由が、なかったりする。

アサリ好きだし、サエの面子もあるだろうし…

それに何より…彼に会いたくない。


「いいよ。放課後、行くから」



本当は精算しないといけないことくらいわかってる。

自分が幕を開けたから、自分で幕下ろしたい。

"熱が冷めたんだ"、って。

ただ…それが言えずに待っている。


――自然消滅。


私ってワガママで、汚い人間だよね。

自分が言い出すのが怖いから、言えずに今も引きずってる。

頭では理解しているハズなのに。

早く、早くしないと相手にも失礼なのに…


悶々と考えるうちに、時間は着実に流れた。



「志月!!」

部活へ行くサエが足を止めて、私の元へと駆け寄る。

この様子だと、何か伝達事項があるらしい。

「部活終わったら、いつもの海岸な」

「OK。一回家に帰ってから行くから」

帰宅部の私。テニス部が終わるまで待つ、なんて無理。

それはサエもわかっていたらしく、待てなんて言わない。

ただ、少し表情が変わったコトに気付いた。

「ん?」

「いや…今更だけど、平気なのか?」

今更、"平気なのか?"なんて聞かれても…困る。

「……平気よ」

「そっか…なら待ってるな」



彼氏がいる私を心配するサエ。

これ以上、変になりはしないだろうか、と。

でも心配なんかいらない。

すでに私は…冷めているのだから…




時間の流れは残酷だね。

少なくとも、以前までは好きで、好きで仕方なかった。

例え…一緒に出歩くことがなかったとしても。

他人の目を気にして、手を繋ぐことさえ出来なかったとしても。

それでも、私は幸せだった。そう言える。


一度帰宅した私は着替えて時間を待った。


「行って来ます」

部活が終わる頃、私は家を出た。

考え込むのを止めて、ただ自分の赴くままにしたかった。

アサリが待ってる。楽しい時間が待ってる。

そう、思いながら歩きたかった。

前へ…ただ前へ歩きたかった。


「ゆい」

歩いて、行けると思っていたのに…

目の前の人を無視することなど出来なかった。

「……あ」

「どういうつもりだ?佐伯と二股、なんだって?」

二股、なんて言い方は心外。

関係のないサエにも失礼だし、それに……

「アンタと私、付き合ってるって誰が知ってるの?」

「何?」

「どれくらいの人が知ってるの?」


私は、いつも考えてた。

周りの冷やかしが怖くて、一緒に居たのは休日だけ。

学校では話はしない。外で会っても、すぐに部屋へと閉じ込められる。

楽しいはずの、私の夢見たお付き合いはこんなのだったのか?と。

他の人が、他の仲の良いカップルが…羨ましくて、憎かった。


「だから、佐伯なのか?」

「サエは関係ない。サエは……」


「一方的に志月に想いを寄せてる第三者」


サエの声が、した。

私たちが同時に見た先に、サエはいた。

ジャージ姿で、腕を組んで…

「サエ、どうして……」

「アンタ、知ってる?」

私の言葉を無視して、私たちの間にはだかる。

いつも優しそうな表情はない。

怖いくらいに穏やかに、怖いくらい冷たい表情。


「いつも志月はアンタの家から帰る時、泣いてた」


言葉が、出なかった。

それは私だけじゃなくて、彼も…


「唇噛んで、泣くのを堪えて…でも泣いてた」

「ゆい、お前……」

「そんな顔させるヤツに、志月はやれない。俺は許さないね」


どうして、知ってる?

あの瞬間の、やりきれなくなった時の私を…

泣くことで乗り越えようとした私の姿を…


「志月のために別れて」


彼は何も言わず、背を向けた。

そして、その場をゆっくりと去っていった。




「昨日、メールで送ったでしょ?」

彼の背中が見えなくなった頃、サエの口が動き始めた。

いつもの口調で、振り返った顔は優しそうに…

「そんなキツい思い、志月にはさせないから」


あれは、誤送信されたモノなんかじゃなかった。

あのメールは…ホンモノ。


「アレに頼った俺が馬鹿だったな。きちんと自分で言うから…」



そんな男とは別れて、俺のトコに来い。

俺はそんなキツい思いはさせないから…




「俺のトコに来いよ。今すぐじゃなくて良いから」


返事は出来ず、ただ泣いた。

よくわからないけど、私は泣いた。


泣きながら実感した。


きっと…彼を好きになる、と。



-メールの真意-
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