LA - テニス

05-06 PC短編
31ページ/48ページ


入院生活が始まって…
もう一年が経とうとしていた。

もう入院生活には慣れたもので…
でも、それがまた切なくなったりもする。





俺は…
いつになったら退院出来るのか?





最初は風邪だと思っていた。
全国大会後、数日間優れなかった体調。
病院にも行かずに休養を取って…

手足が痺れ、呼吸がままならない状況。

一週間後にようやく病院へ行った時は…
ただ絶望に苛まれる結果となった。





ギラン・バレー症候群と診断され…
それすらよく解らない自分はすぐに入院するハメになった。

手足は痺れ…
更に一週間後にはピークに達し…
そのまま…










でも…
俺はまだ症状としては良い方だった。


「あ、幸村」

「志月」


隣の病室に同じ年の子が入院していた。
同じ病気で…


「体調はどう?」


でも…


「……幸村は?」


彼女は状態としてはあまり良くなかった。


出会った当初は綺麗なソプラノだった声。
今は…消え入りそうな…
今にも話せなくなりそうな声に変わっていた。

物がうまく食べれないせいか、
彼女の体は一回り以上も小さくなり…
触れると折れそうなくらいになってしまっていた。


同じなのに…
同じでない、この症状。


「俺は…大丈夫だよ」


返す言葉はいつも同じ。
そうでないと…彼女は…?


「よかった」


きっと…
笑ってはくれないから…










「あ、幸村部長ッ」



「赤也…」

もうこんな時間。
時々、部活が終わって現われる後輩。
その後ろからは…

「切原君…ココは病院ですよ?」

「静かにしないならココへは連れては行かんッ」

他のメンバーもいた。


「お見舞いの人、来たみたいだね」


いつも彼女はそう言って…


「またね?幸村…」


寂しそうに…
そう言って送り出すんだ…。










「あの子も入院生活長いっスね」



無邪気な赤也の言葉。
過敏に反応するのはいつも真田と柳生だった。
眉をひそめ、威嚇しているのがわかる。

「彼女も俺と同じ病気だから…」


同じ病気…
だけど…俺とは違う。


「男性が主だとお聞きしたのですが…」


そう。
男性に多い病気であるのにも関わらず…
彼女は同じ病気に掛かって…


「…彼女、陸上をしていたそうだよ」


俺と同じで…
好きなコトも出来ずにココにいた。


「彼女の見舞い、見たことないのぅ」

「…両親はなかなか来れないそうだから…」

「だから幸村がいつもいるんだー」


たった一人。
病魔と闘って…。


「だから…あんなに寂しそうなんスね?」

「…うん」


辛いはずがない。



 



「そうだッ」



何を閃いたのかはわからない。
ただ、赤也はテーブルに用意してあった紙コップを二個引っ張り出して…


「コレ、貰いますよ?」

「あ…ああ」


何かを作り始めた。
俺に背を向けて…みんなが見守るなか、
鼻歌混じりに何かを作る。


「切原君…何を…」

「……あ、わかったぜぃ」

「俺もじゃ」


丸井も仁王もわかったという代物。
それは…


「完成ッ」

「…糸電話…?」

「そうっス」


子供の頃
一度は作ったことのある糸電話。
でも、何に…?


「タコ糸なんかよく持っていたな」

「へへッ」


片方を俺のベットに置いて…


「仁王先輩、もう片方を持ってて下さいっス」

「おぅ」


病室を出た。
真田も唖然とするなか、赤也の姿はなくなり…


「仁王先輩―」


隣の病室から声を響かせた。










「開通〜」


戻って来た赤也。
ようやく、何がしたかったのかを知った。


「ホラ、話してみて下さいよ」


窓を通して張られた糸。
糸を張り詰めて…


「志月?」


彼女の名を呼ぶ。


『…聞こえるよ』

「成功〜」

『…ありがとう』





一本の糸電話。
それが病室を挟んだ俺たちに
声を届けた。










真っ直ぐ張られたままの糸。
それは俺たちを繋ぐようになった。





『幸村…』

「どうかした?」

『何となく…呼んでみただけ』





彼女は嬉しそうに声を掛けては
そんな会話を続けるようになった。

それは時間制限もなく
誰にも文句を言われることもない。





『イイ後輩君だね』

「うん。最初は驚いたけど…」

『私もビックリした』





会話の数も増えて…
お互いのコトも話せるようになった。





『ねぇ、幸村…』



面会出来ない時間。
その時間にも彼女とも話すことが出来る。



「何?」

『病気が治ったら…何したい?』


紙コップを通して聞こえる声。
弱々しく感じるけど…
それでも楽しそうに話し始める。


『私は…また走りたい』


当たり前だと思っていた。
でも、それが失われた瞬間の辛さが半端なモノでないこと…
彼女も俺も…知っている。


「志月にとって…走るってどんなもの?」

『…風を感じる…ものかな?
記録とか…そんなのはどうでもよかったの。
ただ走ると気持ちよくて…それがすごく好きなの』


ただ純粋に走ることが好きな女の子。


『幸村は…?』

「俺?」

『テニス…好きなんでしょ?』


俺もまた…
彼女と同じようなモノで…。


「うん。俺もテニス好きだよ」



それなのに…


 



『治るかな…病気』



純粋な想いは受け取られぬまま
神は…試練を与え続けている。



「…治るよ。お互いにね」





病状のピークと呼ばれるモノが過ぎて…
それでもまだココにいる俺たち。


治らない、わけがない。





『うん…頑張ろうね』





同じモノを抱えて…
同じように治ることを祈る。





でも…





そんな簡単なモノではない。
そう、お互いが理解していることも
気付いていた。















「…血漿交換…療法ですか?」



突然だった。
俺と…志月に同時に舞い降りたモノだった。



「そうだ。再発の可能性は2%、再燃の可能性は10%前後…
君もゆいくんもピークは達している。今が一番治療としては良いと思ってね」



血漿交換療法。
体中の血漿を機械を通して入れ替えてしまう治療法。
メカニズムとしては…運動神経を攻撃する悪い抗体を取り去ってしまうというモノ。
機械を通して他の人から採取した血漿を大量に体の中に入れる治療法だという。



「お互いの両親からは承諾を得ているよ」



俺たちは言葉を失くした。
ただ単に…言葉も出なかった。



「ゆっくり考えて…答えを出してくれ」










ゆっくり考えて…
答えが出るものではなかった。


術後の可能性は悪くない。
でも…手術自体の可能性は…?


俺は…





『幸村…』

「うん…」

『…悩んでる…よね?』


糸電話を通して聞こえる声。
彼女もまた…悩んでいた。


『どうしたらいいのかな…?』

「俺にも…」


どうしていいか…


『ねぇ幸村…』

「何?」


彼女は弱々しくも
ハッキリと俺に一言告げた。


『私…受けようと思う』


決意を固めた声。


『幸村が悩んでるなら…私が先に受けるよ。
それで元気になったら…幸村も安心して受けれるでしょ?』


でも…
その決意は…


「俺のため…?」

『違うよ。自分のため』

「……」





沈黙が続く。





『ねぇ幸村…』





沈黙を破った彼女の声。





『もし、私も幸村も…手術が成功したら…』





成功したら?





『私を恋人にしてくれる?』





 









「幸村…ッ」

「真田…みんなも」


一年経った今も治らない自分の体。


「手術までには間に合う」

「…苦労をかける」


一週間後に控えた手術。
決意したのは…


「あの子は…」

「今、手術中だよ」


彼女と…
自分のためだった。















『私ね、幸村が好きだよ』

「志月…」

『だから、健康になって…幸村と一緒に居たい』


願い。
それは同じ願い。


「俺も…」

『幸村?』

「健康になった志月と一緒に居たい」


遠いようで…
近い場所にある願い。


「俺も好きだよ」















「きっと大丈夫。俺も…彼女も」

「…案ずるな」

「我々は常に幸村が戻って来るのを待っています」



未来のために…



「関東大会、頑張って」



例え、戦う場所は違おうとも…



「無敗で全国へ行く」



彼らはそれだけ告げて帰って行った。










取り残された糸電話と俺。
聞こえるはずのない声を繋ぐものは
張り詰められたまま…










どうか…

成功してくれ…










 







一週間の時が過ぎても…

彼女の声は届くことはなかった。







「…行きましょうか?幸村君」

「…はい」


看護師が呼びに来て…
僕の手術の順番が回って来た。


「あの…」

「何かな?」

「志月さんは…」


表情が固まった看護師。
でもすぐに…


「幸村君の手術が終わる頃に退院するわ」


嘘を吐いた。


「…そう…ですか」










俺の勘が間違いでなければ…

純粋な願いは

神によって虐げられた。










「彼女の病室…行ってもいいですか?」


隣の病室。
無理やりに入って…


「……お守りにさせて?」


誰もいない彼女の病室で
一つの…彼女のモノを握り締めた。


「俺も…」


唇を噛んで…


「戦って来るから」


告げた。





彼女が時間を余して作ったモノ。
たくさんあるなかの一つ。





「……行ってくるね、ゆい…」





ビーズで作られたブレスレットを片手に
僕は歩き出した。



-二つの願い-
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ