LA - テニス

05-06 PC短編
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『私、先生が好きです』


気付かない方がいいコトもある。
それは自分にとっても、相手にとっても。

だから…

自分の心とは裏腹に
気持ちを無視することも必要だと思った。


『気持ちだけは貰っておく』


卒業する数ヶ月前、
一人の女子生徒にそう告げた。





アネモネ





我ながら…情けないと思う。
まだあどけない少女を好きになるなんて…

きっかけなんかない。
ただ好意を持ってくれていたことなんてすぐにわかった。
悪い子ではなくて、優しい子で…
気付けば目で追い、気付けば好きになっていただけの話だ。

禁じられていた。
自分の立場からも法律からも…
告げることだけは出来ない。





入学した当初。
小学生に毛の生えた子供たち。
毎年毎年…同じような子供たちの教育を行っていた。

彼女もまた…










一年経過。
吹奏楽部に入部していた彼女。
負けず嫌いで、顧問に頼らずに私の元へやって来た。

小さな体でサックスを抱え…










一年半が経過。
コンクールでの成績が伸び悩む姿。
大きな舞台への憧れを抱いて練習していた。

他の部員たち以上に…










二年経過。
部長へと任命されたらしく、多忙な様子。
それでも私の元へ来ては…指導するよう要請していた。

私は…期待に応えることはなかった。










そして…

あの日が今も胸に残る…










「私、先生が好きです」

向こう見ずな子供。
私を真っ直ぐに見つめて、飾りもない言葉をぶつける。

「君の気持ちは嬉しく思う」
「そんな答えを聞きたいわけではありません」

凛とした態度。
成長が…この三年弱であったこと。
それは教師として喜ばしいモノがあった。

「私はずっと…先生だけが好きです」

私自身としては…
複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。

「来年になれば高校に上がります。少なくとも…ココの生徒ではありません」
「…君は高等部には上がらないクチだったな」
「都内の音楽科のあるところへ行きます。
先生に頼らずに…自分で決めて受験して…受かったら気持ちを告げようって決めていたんです」

私は知っていた。
彼女が外部入学するということを…
教師であるが故、隠しても知らざるを得ない。
ただ…彼女の『願掛け』には気付いていなかった。

「…合格したんだな?」
「必死でしたから」
「君だったらやっていけると私は信じている」
「そうじゃありませんッ」

出来れば…はぐらかしたままでいたかった。
自分の気持ちを告げることも出来ない臆病な自分は…
彼女を傷つけることも自分が傷つくことも恐れているなんて。

「私は…学校を卒業しても…先生の傍に居たいんですッ」

学校という職場は残酷な場所で…
来るものを拒むことも出来ず、去るものを追うことは適わない。
巣立ち行く生徒たちを引き止めることは出来ない。

「先生が好きだから…ッ」

それは私にも同じことで…
私には彼女を追うことは出来ない。

「気持ちだけは貰っておく」
「先生ッ」
「君は…これから知るんだ」

一時的な感情。
その気持ちは石コロなのか、宝石の原石なのか…
それは私にはわからない。

「高校へ上がって、大学へ進み…社会に出た時にわかるはずだ」
「何がですか?」


私がどれくらい…
君が好きであっても…
告げることが出来ないというコトを…


「君はまだ本当の恋を知らない」


己を抑えることの出来ない子供。
私まで彼女と同じであれば…
きっと傷つけることとなるだろう。


「私はホントに…」
「気持ちは嬉しく思っている」
「先生ッ」

だが、私は彼女の倍以上も先に
この地に生まれて…今まで生きてきたんだ。

「君の気持ちには…応えられない」


選択は間違えない。


「……」

彼女からそれ以上の言葉は出てこなかった。










きっと彼女は泣いただろう。
突き放され、期待に応えることもなく…

わかっていただろうが、それでも…
深く傷ついた心…私はどうすることも出来ない。










そして…

彼女は今日、卒業していく…










「志月ゆい」
「はい」

壇上へと上がってく彼女の姿。
私は職員たちの並ぶ場所から見つめていた。

賞状を受け取り…
自分の場所へと戻っていく瞬間まで…
ただ見つめていた。





彼女は一ヶ月も経たないうちに
この学園の生徒ではなくなる。


そんなコトは百も承知のはずなのに…
虚無感に襲われる。





私は…
最後まで生徒たちを見届けること。
それしか出来ない。

それがどれだけ…想っていたとしても…

ただ一人の生徒のために
ココを離れることは出来ない。





「卒業生退場」





彼女は泣いていた。
私の方を見ることはなく、遠く離れた通路を通って行った。










最後の最後。
葛藤の末に見えたモノは…









「志月」
「先生…」
「卒業おめでとう」

母親と二人、並んで歩く姿を引きとめた。
不自然だったかもしれない。
彼女の母親ですら警戒心を見せている。

「卒業祝いだ。高校でも頑張るように」

鮮やかな青い花。
カスミソウと並んでただ輝く。

「…ありがとうございます」
「これは私から個人的なモノだ。他の生徒には内緒にしてくれ」

彼女はまた泣き始めた。
母親もまたお礼を言い始めたから告げた。
『彼女は部活に熱心な生徒でした』と。

「…気を付けて帰りなさい」
「…はい」
「さようなら」

告げることは許されない。
わかっていたことだ。

「さよなら…先生」


それでも…告げたかった。
密かな想いとして…










青いアネモネ。
花言葉は…はかない希望、恋の苦しみ…

そして…"君を愛す"



-アネモネ-
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