LA - テニス

05-06 PC短編
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あなたを愛しているから "サヨナラ" します…



心 に 降 る 雪



何も知らない純粋無垢な子…

とは言えなかったけど、まだ未来のある少年を…

これ以上傷つけてはいけないと何度も思った。




激しい情事の後、私は彼の体から離れて告げた。

「旦那がまた転勤になったわ」

「で?お前は関係ないだろ?」

「今も単身赴任だけど今度は海外。私はついて行くことにした」

15才も離れた少年、跡部景吾にそう告げた時

彼の険しい表情以上に、私の胸がひどく…

激薬を飲んだかのように痛んだ。

「前にも言ったわよね?私、旦那と離婚する気はないって」

「…言ってたな」

「それに景吾も遊びだから心配すんなって答えた」

「…あぁ」

少しだけ、いつもと違う声が返って来た。




元々、私たちの関係は…親子に近い関係だった。

景吾の父親と愛人関係にあった私は、全てが不都合になり彼とは一年ほどで別れた。

不定期な呼び出し、限りない束縛…。

お互いが不倫でありながらも、彼は私に何かを強要させていた。

それが耐え切れずに別れを宣告して姿を消そうとした。


その時に景吾に会った。




愛人のいる父親に対して何の疑問も感情も抱いていなかった。

むしろ、何の感情も抱かずに私に近づいて来た。


『アンタ、親父の愛人だった女だろ?』

『……』

『お前に興味がある。俺の女になれ』


目の前にいたのは高飛車な西洋風美少年。

最初は "なんて父親に似た息子だろう" そう思っていた。

『私はあなたに興味はないわ』

『…へぇ?』

『それに私、旦那と離婚する気はないの』

『それがどうしたんだよ』

年齢が中学生だと知った時は更に驚いた。

私は…母親が恋しくて、父親に甘えることも出来なくて、

ただ単に反抗したいのだと思っていた。

父親に勝つという自己満足で"父親の元愛人"に声を掛けてきたのだ、と考えていた。

『悪いけど…』

『お前自身に興味があるんだ』

断ろうと思って出した言葉も無視され、何度も何度も…

こんな年の離れた私に言い寄って来ていた。


それに私は負けたのだった。




景吾との付き合いが始まって、いろいろなことが起きた。

母親のように、友達のように、恋人のように…

接すれば接するほどに愛しさばかりが込み上げて来た。




『ゆいっていくつだ?』

付き合い始めて数週間。

てっきり話したとばかり思っていた話題が彼の口から出て来るとは思わなかった。

『…今年で30だったと思うけど』

『俺の年と同じだけ離れてるな』

そう…彼が生まれた時に、私の年は今の彼と同じ。

今の私は間違いなく犯罪者。

『結婚して8年だろう?子供は?』

『いないわ。私、子供が産めないらしいの』

『産めないなら好都合ってわけか…』

彼は笑っていた。




その言葉が"父親"への皮肉なのか、"私"への皮肉なのか…

それはわからなかった。




私の体は卵子が未熟で受精する確立は低い、と医者は言った。

毎週苦痛になるくらいのホルモン注射。

手は痣だらけになって、見ているだけで痛くなる。

治療と検診を何度も繰り返し…

それでも希望が生まれなくなった時、病院へ通うのを止めた。

それが2年前。

夫は子供がいなくても平気だと言った。

私の両親も彼の両親もそう言ってくれたのに…

本当は…一番最初に諦めた私が、誰よりも子供を欲しがっていた。




『ま…どうでもいい』

これ以上、話すことのない私に彼は何も聞くことも…

それ以上触れることもなかった。




景吾はまだ若い。

若すぎる。




不倫は不毛なモノで…

憎しみしか生み出さないモノ。

知らない、では済まされない大人の世界。




彼は知らなくても良い世界…




だから…

私から"サヨナラ"します。

年の離れた私の方から

あなたを愛しているから…




洋服を着込んで、もう一度だけ彼を見つめた。

そこには…まだあどけない少年の顔。


今は傷つけても…

きっと『よかった』と思えるはずだから。


今はわからなくていい。

大人の…勝手な優しさだと気付かなくていい。


「じゃあ、合鍵を返す」

「……」

「日本に帰って来る予定はないけど…元気で」




彼は何も言わなかった。

私もそれ以上は何も言わずに…家を出た。









着実に済ませた自分の荷物。

そして、旦那の荷物…

「…挨拶は済んだのか?」

何も知らない旦那は、少し心配そうな顔をした。

急な転勤で…言葉も通じない場所への移動を心配していた。

「えぇ」

私は微笑んでいた。

笑っていたはずなのに…

「……」

泣いていた。

気付けば、涙だけが勝手に流れていた。

「あ…」

タオルを手渡してくれた旦那は見ないように背を向けた。

私が泣いているのを見られるのが嫌いだと知っているから…

「……」

優しい、優しい旦那。

こんなに恵まれて…不満もないはずなのに…。

もう気持ちは置いてきた。

ココではない場所に…


別れを告げた"景吾"という少年のもとに…。


「……あなた……」


本当は…

誰にも罪はない。




ただ…

好きになってしまっただけ…




それでも"他人"が作り出した"法律"が

"人"を…"私"を裁いていく…









部屋には何もなくなった。


荷物はたった一つのボストンバックのみ。

それ以外に荷物なんていらなかった。




マンションを出て一人。

軽い荷物だけを片手に鍵を閉めた。



八年の時は終わった。

書類が一枚。

こんなに簡単に終わるほど…人は単純なモノ?




「…ゆい」




やっぱり…

愛しています…




「景吾?」

彼は来てはいけなかった。

例え…ココを知っていたとしても。

「…行くのか?」

「…もちろんよ。昨日も言ったでしょ?」

まだ事情を知らない少年。

何も言わずに…

「空港で待ち合わせてるから」




私では未来へ繋がることはないから。




「…行くな」




彼はそれをまだ知らないから。




「割り切ったはずよね?」




残酷でも、恨まれても…

あなたはまだ先のある"少年"だから。




「さよなら」




私は笑顔で"さよなら"します。

この儚せな"罪"…あなたには分けてあげない。




寒い…寒い雪の日に

薄着の彼の横を通り過ぎ、エレベーターに乗り込んだ。

これ以上、何も言うこともなく。




これで彼は…幸せになるだろうか?




傷を刻み付けたまま、

何も知らせることなく終わった"最後の恋"


これからあなたは…

幸せになれるだろうか…





























この出来事から五年経った。

あれ以来、誰とも関わることはない。

前の旦那も、跡部氏も、景吾も…


東京の地へ戻って来たのは気まぐれ。

すっかり、年を取ってしまった。


ココも変わってしまっていた。

見知らぬ建物が並ぶ。


でも、その場所で…見つけた。




「景吾〜」

「遅ぇぞ、遅刻すんなって言っただろ?」

「別に遅れやしないわよ」




よかった。

可愛い彼女出来たんだね?




「ホラ、早くしねぇとあいつら待ってるぜ?」




子供から大人へ

変わって行った"少年"の姿。




真横を通り過ぎて、私は満足した。

私の"最後の恋"もようやく終わった…









「……」




気付かなくていいよ。

私も、あなたも大丈夫だから…




「景吾〜?」




私は振り返らないから。

あの時のように…




「…今、行く」




足音が遠ざかった時に…思わず振り返った。

そこにあるのは大きくなった背中。




「……行くわよ。"景吾"」



心に降る雪
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