LA - テニス

05-06 PC短編
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私が儚く見えたというのなら

それはきっと、もうすぐ……





深 海 人 魚





白血病と告知されて一年は経つ。
正確には急性白血病。
もっと詳しく言ったら急性リンパ性白血病。
私の持つ病気はリンパ球の白血病細胞が著しく増えたモノ。

原因は…一年半前の謎の高熱。
炎天下の中、私はマネージャーとしての業務に就いていた。
最初はただの熱射病だと思っていたのに…
熱は下がらずに、私の白血球は増えていった。

でも、医者はこれが原因だとは言わなかった。
慢性リンパ性白血病は欧米に比し日本では1/10程度の発症率しかない稀な白血病。
高齢者に多く、発症は緩やかで…進行しないと症状は現れない。
何より原因不明の白血病らしかった。
一年半前の謎の高熱はある意味、最終シグナルのようなモノだったらしい。





私は…近いうちに死ぬと思う。

でも、最期まで…笑っていることを決めました。





ドアのノック音と共に人の気配を感じた。
私は慌てて、顔の筋肉を吊り上げた。

「よッ」
「お疲れ様」
「聞いてくれよ、ゆいッ」

週に三回くらいの面会。
来てくれるのは氷帝テニス部男子レギュラーのみんな。
私がかつてマネージャーをしていたメンバー。

「何があったの?嬉しそうね」

無菌室に入れられた私のために、手洗いをしてマスクとガウンを着用して…。
それでも私と彼らの間にはビニールの仕切りがあった。

「氷帝学園、全国大会に行けることになったんや」
「ホント?」

みんなが嬉しそうに報告する。
跡部の方に視線を流すと、軽く頷いた。

「よかったじゃない」
「お前は具合はどうなんだよ、志月」
「私?今のところは平気だよ」

…なんて嘘。
夜になったら出血が止まらない。
それで怖くて眠れない。
眠ったら…このまま死ぬ気がして…。

「経過は悪くないみたいだし、みんなが全国大会で優勝してくれたら治るよ」
「マジで?だったら俺、頑張るC〜」
「俺も俺もッ」

彼らが笑ってくれているところを見たら…
私はうまく笑える気がする。


ただ…跡部と忍足は笑っていない。

勘がイイし、頭もイイから気付いてるのかもしれない。
本当は吐き気さえも抑えて、笑う私に。
微熱のせいで息が上がり始めている私に。


「大丈夫だから、気合い入れて頑張ってよね?」


だけど、何も言わないで?
他の人には気付かせないで?


「せやな。ゆいもそう言うとるし、頑張ろな」
「つーか、俺たちはあの氷帝学園だぜ?負けねぇよ」

忍足と跡部がそう笑って、会話を続けてくれた。
みんな…笑ってくれてる。

「じゃ、優勝旗見せてよ?」
「任せろ」

みんな、頷いてくれた。


面会時間は十分間。
これは榊監督からの命令らしく、彼らは『また来る』と言い残して去って行った。
ただ一人…部長の跡部を残して…


「クラスメイト及び部員たちからの郵便物だ。お前の分も出せ」
「はいはい」

彼は部長としての責任からか、こうして郵便物の配達をしてくれていた。
毎回、毎回…たくさんのモノを持って。

「…本当はキツいんだろ?」
「そんなコトないよ?」
「線が薄くなってるぞ」

食事が採れなくて点滴生活。
食べても吐くのであれば、食べない方がいい。
だから、体は…儚く細くなっていく。

「無理は…すんなよ?」
「はいはい。心配性ね」

言いたいコトはきっとたくさんあるのかもしれない。
でも、彼は長居せずに無菌室を後にした。


「また来る。何か…寂しくなったら連絡していいんだからな?」


そう。
いつもこの一言を残して。





入院した当時に渡された携帯番号。
それは跡部だけじゃなくて、他の部員たちの分もある。
最初は連絡してたけど、今はその連絡も辛い。


いつ…どうなるかわからないから。
このまま…消えていく自分。





忘れないで欲しいから、私は日記を書いている。
その日の出来事を一日一日書いて…

その日記の一番後ろには遺書を書いた。
万が一、全国大会中に私が死んでも…
部員たちには知らせないように、と。



笑ったままの自分で居たいから。
負担になんか、させたくないから。
それを自分が望んでいるから。



だから…せめて…
彼らの夏が…全国大会が終わるまで
お願いだから尽きないで…。





×月×日
今日は彼らがお見舞いに来た。
全国大会出場おめでとう。
彼らが優勝旗を持って来てくれることを祈って、待ちたいと思う。
その時までどうか、命が続きますように…。






願いが届くかはわからない。

それでも願わずにはいられない。





私が死んだら彼らは泣いてくれますか?






きっと…泣いてくれるとわかっているから、
私は、最期の最期まで生きていたいんです。
一緒に生きて、笑っていたいからココで戦います。





途方のない願い





何日過ぎたのか…

どれくらいの時間が過ぎたのか…

次第にわからなくなっていく自分。

意識すら…あるのかもわからなくなっていく自分。



恐怖すら痛みに変わって

闇が…迫って来る。



必死に助けを求めても

誰も何も出来ないことを

私は知っている。



それでも…

呼ばずにはいられなかった。





「け…景吾…」





私は…

意識のある私は

彼の名を呼ぶけど


その声は届くはずがない。


意識のない私の本体は

声が出ないから

届かない。





私が入院してから、一番気に掛けてくれた跡部。
責任感から優しくしてくれていることはわかっていた。

『…早く元気になれよ?』

最初はそう言って笑っていたけど
告知されてからは…そんな無責任な言葉を吐かなくなった。

『あと三年経てば、嫁に貰ってやれるぜ?』

こんな冗談を言っては、私に笑い掛けてくれた。
冗談でも…それが励みになった。

『海?仕方ねぇな。俺様の海外別荘へ招待してやるよ。まぁ、俺様と結婚したらな』

わかってるよ。
私を…少なくとも『氷帝』という名の学校にいるまでは励ましてくれるだよね?
大学は…海外って言ってたもんね。

『…志月は……な……』





もう…

言葉が…

思い出せない…

…思い出せないよ…。





景吾…

気持ち、言えなかったけど

私、景吾が好きだよ





意識はなくなって、私は死ぬけど
今の私の意識は生きてる。

今の私は少しだけ後悔してるけど
言わなかったら
あなたはきっと何も病むものがない。

死にゆく私の言葉は
負担になるかもしれないから



このまま…

持っていくから…







心 拍 停 止







一週間前
志月が言った言葉が俺たちの練習を熱くさせていた。

『じゃ、優勝旗見せてよ?』

誰もがその期待を裏切ることがないように練習していた。
もちろん、俺も。


「今度は初戦敗退なんか許さねぇ」
「当たり前だぜ、跡部」
「ゆい先輩に優勝旗を見せないといけませんから」

団結力の要になっているのは志月。
その志月にはもう一週間会っていない。
寂しくなったら連絡するよう言ってあるから、その連絡を待つカタチを取ることにした。

「おら、さっさと練習始めろ」


長い…あいつにとっては長い全国大会。
告知されて一年。
余命は…誰も知らない。今、あいつは…


「跡部」


誰もが練習を始めたコートの中。
忍足が俺の傍に寄ってきた。

「何だ?」
「ゆい、大丈夫やろか?」

気付いているのは俺と忍足だけ。
あいつが無理して笑って…
負担を掛けまいと振舞っているのは。

「大丈夫だろ。そう信じるしかない」
「そうやけど…この前会うた時…」
「……」



消えそうだった。
体の線が細く、儚くなっていた。
抱きしめたら…折れそうなくらいに。



「何かあったら連絡するよう言ってある。本人にも、病院にも」



担当医師にどうにかして頼んだ。
小さなコト一つでも変わったら、自分の携帯を鳴らすようにと。
一週間経った今、まだ連絡はない。



「はよ終わらせて、優勝旗…見せてやりたいな」
「…あぁ」





全国大会が終われば、今度こそ傍にいられる。
そしたら…告げる言葉が真実だと伝えてやれる。


『これからもずっと一緒にいよう』


だから…今は耐えて欲しい。


生きて…


生きて…


死なないでくれ…



深海人魚
---神は残酷だと知る。

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