LA - テニス

06-07 携帯短編
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多くを語らない人だとは知っていたし、私も多くを語ることはない。

だから自然に時間は流れて、特に不満もなく同じ時間を過ごしたと思う。

いや、今だってそんな時間が流れていると思う。可もなく不可もなく。

だけど…そろそろ限界が近い、そんな気がした。




機械を通して届く声




子供のうちはやることには限界があると知っていた。

軽率に行動すれば大人に叱られ、何をするにも許可とお金。

時間を持て余せばすぐに"勉強でも…"という嫌な音を響かせる。

一端に"何か"に行動することは、容易でないと知っていた。


―― そちらに変わりはないか?


そう聞かれたならば、私は決まっていつものようにこう答える。

"特に何もないよ。そっちはどうかな?"と、何も心配させまいと必死で。

帰って来る言葉も予測されて、それ以上の"何か"を得られるわけでもないのに。

そのことを…少なくとも彼も気付いているだろうと思う。


―― こちらも変わりはない。いつも通りだ。


毎日毎日、同じようなやり取りを繰り返していること。

それでも、そうしないと私が私でなくなってしまう。

そのことにも彼は気付いてくれている、だから繰り返す。毎日同じこと。


―― 夏までの間に戻って来れる。


この言葉にいつも思うことがある。

これは彼なりの優しい嘘、機械仕掛けの嘘。そう思えた。



機械越しに届く声、届く言葉は信頼することが出来ない。

顔が見えないこと、表情から窺える感情が見えないこと、

紡ぎ出されたものが見えないこと、何もかもの真偽がわからないこと。

ホンのちょっとの間だけだと知りながら、こんなにも依存してしまっている自分。

それが酷く情けなくて、だから私も平然と嘘をつく。

"元気"という言葉を使って、"平気"という言葉を使って、

"変わりない"という言葉を使って、毎回毎回、嘘で固めていく。

そうでもしないと、私は確実に彼を困らせて…眉間にシワを寄せさせる。

ちゃんと知ってる。私にも彼にもどうすることも出来ないってこと。

だから、私は嘘で自分を固めていく。毎日、毎日――…



「志月」

「……大石くん?」

「結構、ボーッとしてるね」

「……そうかな?」

「うん。そろそろ壁に激突するよ」

少しだけ苦笑いした大石くんから目を離すと、目の前は壁だった。

何も考えず歩いていた廊下は、永遠と続く蜃気楼のように私には見えた。

何処へ行きたいわけでもなく歩いてた、何故か、理由もなく。

「随分と参ってるみたいだね」

「……何が?」

「手塚が言ってた通りだ」

その名前に、反応しないわけがない。

だけど、今は何処を捜しても近くにいるはずがない。

「……黙っててね?」

「え?」

「私がボーッとしてたって言わないで」

大石くんにそれだけ告げて、爪先を反対に向けてすり抜けた。

教室から脱出して廊下に出たのに、また教室へと逆戻りする自分。

その意味の無い行動は、何度も何度も繰り返して来たような気がする。

それがあまりにも無意識で、私が気付いてないだけで…

こんな滑稽な自分、知られたくなかった。



毎日、顔を合わせることは当然のことだった。

だけど、会話をしない日は多くあって、それが普通だった。

そんな日は必ず機械越しに言葉が送られてくる。

可もなく不可もなく、不満に思うことでもなくそれが全てで。

だけど、少しでも状況が変わっただけなのに…なんてザマなんだろう。

"機械越しだけじゃ嫌だ"なんて、そんなこと言えない…



毎月のお小遣い、何度財布の中身を数えても到底足りるはずがない。

"ちょっと会いに行く"にはあまりにも遠い距離が突きつけられる。

今までと何ら変わりのない状況下であっても、傍に居ないとダメだなんて…

こんな弱っちい自分に情けなさを感じる。酷く脆い自分を痛感する。


―― そちらに変わりはないか?


どうして本音を告げることが出来ないのだろうか。

どうして一言"寂しい"と打つことが出来ないのだろうか。

本音を告げるべく作られたメールは、何度も破棄されて削除されていく。

そして、また取り止めもない文章を…差し障りのない文章を送る。

こんな返事を求めているわけじゃないのかもしれない。

私も、また手塚くんも――…



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