LA - テニス

06-07 携帯短編
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昔から知っているということは厄介で、幼馴染みというのは更に厄介で。
色々と知りすぎた面も多く、例え、鉄仮面を被ったような人物であったとしても、
その微妙な表情の変化が読み取れて…だから、口に出せないと思ってしまった。
たった一言、たった一つの想いを口にした時、彼の困った表情に気付くから…



めた想い



友達はいつも言う。
この学園の山ほどいる女子生徒の中で唯一、名前で呼んでもらえる私が羨ましい、と。
私から言わせてもらえばそれはあくまで習慣であって深い意味など持っていない。
それだけのこと。ただ、同じ立場にいる女の子が一人もいないというだけで。
光栄だと思ったことは一度もない。それが特別だと思ったことも一度たりともない。

「手塚」
「ああ、ゆいか」
「荷物を山ほど預かって来たよ」

名前を呼んでもらえることだけが特別というわけではない。
それに気付いた時、私は名前で呼ぶことを止めた。不自然なくらい急に止めて…
だけど、彼はそれでも私に便乗して止めることはなかった。今までと何一つ変わらず。
それに意味があるのか、ないのか…それは私にも分からない。

「……すまないな」
「こういう時だけしか役には立たないんだからいいよ」
「……ゆい」
「じゃ、渡したからね」

何かのイベントごとに巡り巡ってくる配達の仕事。
それを平穏無事に終わらせる、それが最近の私の役割であり、唯一の接点。
必要以上には近づかないようにした。読み取れる表情が怖くて…
今も、彼がどんな表情を浮かべているのか知りたくなくて、顔だけは見なかった。

「待てゆい!」

例え、呼ばれたとしても聞こえていないフリをして…
少しずつ少しずつ、距離を置くことで回避したい気持ちがあるんです。
気付かれたくない気持ちも、知りたくない感情もあるのです。
まだまだ未発達で、大人になりきれていない幼馴染みを、許して下さい――…


「待てと言っているだろう!」


いつもなら、特に気にすることなく溜め息をついて見送るはずなのに…
今日に限って追いかけて来て、わざわざ逃げられないよう目の前に立ちはだかるなんて。
予想外も予想外。ここ、普通に廊下だよ?場所とか分かってるの?

「……どうかした?」
「お前、最近少し変…じゃないか?」
「別に…普通だけど?」
「……そうか」

喧嘩をしたわけでもないけど何とも言えないような重苦しい雰囲気。
横を過ぎ去る時に聞こえた彼の溜め息。決して大きくはなかったけど聞こえた。
私なりの配慮と譲歩です。特別になりたいと願いながら、全てを隠そうとする私の…
最大級のエゴで固められた配慮と譲歩。だから気掛けないで、気にしないで。
本音は裏腹であることを悟らないで、読み取らないで、そう願う。

「……で、収拾が付くはずがないないだろう?」

横を擦り抜けて5歩目、溜め息の後に発せられた言葉。
心臓が、跳ね上がる。今の今まで定期的な速度を保っていたはずなのに跳ね上がった。

「話をしよう。付いて来い」
「……もうすぐ授業だけど?」
「ならばここでお前との今後の付き合いについて話しても構わない」
「な、何よそれ…」
「聞かれたくないなら付いて来い」

強引に手を取られ、引き摺られるように廊下を歩かされた。
これじゃ「付いて来い」なんてレベルじゃなく強制連行に近い。皆、振り返ってる。
握られた腕が、熱い。為す術もなく握られた腕の下に無造作に転がる手が、熱い。
歩く方向はどんどん人気が少なくなっていく特別校舎。最上階は…生徒会室。

「ちょっ…」
「何も言わず付いて来い」

こんなに冷静なのに、何処か冷たく何処か怒りを含んだ彼を見たのは、初めてだった。



最上階の生徒会室は書類が散布していた。
よくよく考えれば、もうすぐ任期を終えて生徒会長でなくなる。その準備をしているのかも…
そうだとしたらこれだけ散らかっていても不思議はない。不思議はないけど。
今はそれを気にするほどの余裕はなく、仁王立ちした彼を目の前に少し萎縮していた。

「ゆい、最近俺を避けているようだな」
「別に…そんなことはない」
「乾がデータ結果を今日くれた」
「……データ?」

微妙に意味がわからないんですが…何だろう、誕生日プレゼントにデータ解析頼んだの?
私が避けているという事実と、乾くんが手渡したデータ結果が結びつかない。
若者の会話はすぐに話題転換されて意味がわからない、と言うけどこれは私にも分からない。

「データ結果と同じことを…不二にも言われた」
「……乾くんの次は不二くん?」
「俺は…ゆいに嫌われている、間違いないか?」

何を言い出すかと思えば…思わず私が目を見開いてしまうような一言を吐いた。
乾くんになんてデータ取らせてるわけ?好きとか嫌いとか…そんなデータ?

「でも俺はゆいを想う。昔も今も」
「……はい?」
「それが嫌なら幼馴染みをやめる。今後の付き合いを一切無くす」

……今、何とおっしゃいましたか?
付き合いを一切無くす、の前。幼馴染みをやめる、の前。
今までに聞いたこともないような言葉が自然にポロリ、彼の口から零れた気がする。

「……手塚?」
「その呼び方が、答えか?」
「ちが…意味がわかんないん…だけど」

始業を告げるチャイムが鳴った。
それでも彼は動じることなく、慌てる様子も見受けられない。

「単刀直入に言おう。俺は昔からゆいが好きで、これからも共に居たいと思っている」
「共に?」
「ああ。俺はもうずっと…お前をそういう目で見てきた。今も見ている」

真っ直ぐ、見据えられた目に曇りはない。嘘を言っている目ではない。
微妙な表情の変化が読み取れるはずなのに…今告げられた言葉が本物か、分からない。
もう何年も幼馴染みをして来たというのに、そんな目が見ていてくれたことにも気付いてない。
でも、彼もまた…私のことで気付いてない。もしも、彼が同じ想いでいたのなら…

「その…ゆいに避けられたくはない」
「くに…みつ」
「ああ。そう呼んでいて欲しい。この先も」

遠回り、空回り、それでも初めて思えた。
私は友達が言っていた「特別」な存在だったんだ、と――…

「それって、私が好きだってこと?」
「……ああ」

否定ではなく肯定、その瞬間にプツンと切れた糸があった。
よく分からない感情の糸で、それが切れた途端に自分の体は不思議と動いた。
ずっと触れることを躊躇っていた彼の元へ、名前を呼ぶことをやめた彼の元へ――…

「……授業、サボりになった、ね」
「構わない。今日は俺の誕生日だから許される」
「……それ、本気で言ってる?」

大きく頷いたから思わず笑って、笑って…
今まで言えずにいた想いを告げると国光もまた笑って、
「一番欲しかったプレゼント、確かに受け取った」
そう、私の耳元で囁いた。



御題配布元 taskmaster
Happy birthday to K.Teduka. vol.2


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