LA - テニス

06-07 携帯短編
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運が悪かった。そうとしか言いようがない。
たまたま通っただけの職員室前、長太郎もいたのに俺に預けられた鍵。
明らかに長太郎の方が目立つのに…嫌味か、嫌がらせか。
"手を伸ばしやすいから"そう、監督は言った。


誰もいない舞台


正門から挨拶しながら帰宅していく生徒たち。
それを校舎の中から眺めながら、颯爽と廊下を歩く。
まだ数人、廊下で擦れ違いはするものの階段を登る者はいない。
引きつる表情を抑えながら、ただただ自分の仕事を終えたかった。

長太郎のヤツ、大先輩の俺を見捨てやがって…
何が"彼女を待たせていますから"だ。
独り者の俺によくもまぁ抜け抜けと言えたモンだぜ。

校舎の隅、光の漏れる音楽室前。
鍵をかけるだけかと思えば、中に入って電気を消せと?
手間は二つ、こんなの何の得にもなりゃしない。
イライラしながら豪快に扉を開いた先、軽く声を聞いた。
崩れ落ちるようなピアノの音と共に…

「……志月?」
「し、宍戸くん?」

ピアノからひょこっと出た顔に見覚えがあった。
それもそのはず…クラスメイトの志月だったから。

「何だ、脅かすなよ」
「それはコッチの台詞です」
「で、お前何やってんだ?もう下校時刻…」

ピアノの隅に重ねられた譜面だと思われるモノの山。
明らかにピアノを弾いていたと思われる様子。
防音室だから何も聴こえなかったが…

「無用心だよね。空きっ放しだから、いつも借りてるの」
「ピアノを弾くためにか?」
「そう。ウチは電子ピアノだからね。ココで一人舞台やってるのよ」

勝手に不法侵入して、勝手に行う一人舞台。
その音は誰にも聞かれず、観客の声援も拍手もない。
練習の時ですら、俺たちには声援があるというのに…
変わったヤツだとは思っていたけど、ここまで変わっているとは。

「それはいいんだけどよ、ココ閉めるように言われたんだ」
「そっか…じゃあ最後に一曲弾いてもいいかな」
「はぁ?何で俺が…」
「やっぱ、寂しいじゃん?一人くらい、聴いてくれる人欲しいし」

否応なしにピアノに座り込んだまま、彼女は譲らない。
早く帰りたいのに、このままでは帰れそうもない。
だから、仕方なく座った。最前列に置かれた机の上に。

「ではでは…宍戸くんのためだけに」

嬉しそうにそう言って、彼女の細い指はピアノを奏で始めた。
正直、クラシックなんか興味ないし、音楽にも疎い。
彼女がこうして音楽を奏でようとも…馬の耳に念仏ってヤツ。
それは承知の上かもしれないけど、どこか嬉しそうにピアノに向かってる。
その半面で奏でられた音楽はどことなく、寂しいカンジに聴こえて…
伝わるモノ、感情が音楽にあるような気がして…聴き惚れた。

たった一人だけの観客の中、響くピアノの音。
音楽に無頓着だと知っていて、それでも観客のために奏でる音。
これが演奏者一人だけだったならきっと…

「…ありがと。たまには観客いた方がいいね」

変な感情が芽生えていた。どこからか、流れてくるかのように。
それは彼女が嬉しそうに笑っているからか、どこか寂しそうに思えたからか。
教室じゃ接点なんかなくて、話すことなんかもなくて。
たまたまこんな場所で会ったからか、不思議と揺さぶられる感情。

「…気が向いたら、また聴きに来てやるよ」
「え…ホント?」
「誰もいない舞台、寂しいんだろ?」

一瞬、目を丸くしていたけど、すぐに笑顔が向けられた。
夏に咲いた向日葵のような笑顔に、何かが揺れた。



-誰もいない舞台-


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