LA - テニス

TRAGIC LOVE
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選択の余地などない、それでも抗う気持ちを抑えられますか?



一体の戦闘機が墜落したと人伝に聞いた。
墜落したのは向こうのもので、すでに人は居なかったらしい。辺りを皆が警戒していた。
この集落はもう男手なんて殆どないっていうのに…と、肝の据わったおばちゃんは竹槍を手放さない。
もう何度となく練習した、何度となく藁に向けて突き立てた、だけど…私には自信が、無い。

「いいかい?絶対にコレは手放しちゃダメよ」と手渡されたもの。
おばちゃんに向かってコクリ、頷いて強く握り締める手が何故か震えた。


空襲は容赦なく続いて沢山の瓦礫と死体を生み出して、それにも慣れたと言っても過言じゃなかった。
涙はとうの昔に枯れ果てて、声すらもう発することが出来なくなってしまった。
それでも私は未だに生きてて、生き長らえていて配給された食事を採って生きることを選択している。
終わりたい止めたいと願いながら、それでも自分で自分を止められずに此処に居た。

(なんで、こんなことになったんだろう)

それまでに居た家族はもう居ない。仲良くしてた友達も居ない。
学校も無くなった。家も無くなった。親戚なんか何処に居るのかも知らない。
ただ、服に縫い付けてある自分の名前だけが確かなもので、他には何も無くなった。

(一瞬で、終わればいいのに…)

竹槍を杖代わりにしながら歩いていれば、周囲には片されていない瓦礫の山が築かれてる。
役割分担で燃えるものを調達してくることになったけど、正直、こんな瓦礫なんかを触りたくない。荒らしたくもない。
だってそれは赤黒いものがチラチラしてるから。人で無くなったものが所有してるものだから。

惨い、惨いけど…ごめんなさい。
そう何度も謝りながら私はいつものように役割を果たすために手を伸ばした。


「……うっ」


え?嘘、人が居る…?
こんな瓦礫の中、誰かが居るはずもないのに誰かが居る。今、うめき声が聞こえたもの間違いない。
生きてるの?こんなところで。こんな、人でないものの中で誰が、生き延びているというの?

声がした方向、ゆっくりと近づいて竹槍で瓦礫を退けてみる。見たくもないものを見ながら、触れたくない気持ちを抑えながら。
それでも生きてる「何か」を確かめるために…私はただただ瓦礫を漁った。そして見つけたのは…白い、手。

「……生きて、る?」

まるで独り言のように呟いた私の声に、その手が反応したのを見て慌てて上の瓦礫を退けた。
生きてる人、これまでに沢山見殺しにしてしまった。泣いていた子供ですら手を伸ばすことが出来なくて…悲惨な末路を見た。
悔やんでも泣くことは出来なかった。泣いても泣いても帰って来ないと知ってたから。そう、罪滅ぼしがしたかっただけなのかもしれない。
瓦礫を退かす。近くに人が居るのであればもう竹槍は使えない。触れたくないものであったとしても、もう手で退かしていくしかない。

「あ…」


白い肌、金色の髪――…


「う、そ…っ」

そういえばおばちゃんが話してた。近くに墜ちたって。でも中身はきっと絶望的だから安心していいって。
体が、動かなくなった。近い、近くに居るのが何なのか、何なのか、震えが、止まらない。

「……助かった」
白い肌、金色の髪、開いた目は…青い。

「人が、来るとは思わなかった」
でも、言葉が分かる。この人が何を言ってるのか、私には分かる。


「……俺は、日本人だ」


瓦礫に埋もれていながら大した怪我で無かったのは奇跡的だった。ところどころ変色した部分はあったけれど支障は無かったらしい。
埋まること数日間、彼はわずかにあった食料を口に生き延びていたそうだ。瓦礫の中、どうしようもない不安の中、たった一人で。
着ていた服はボロボロでも見てすぐに分かった。これは…私の見たものとは違う。アメリカ空軍の軍服――…

「お前、名前は?」
「……」
「俺は…景吾」

風景の「景」に自分を意味する「吾」と書いて「けいご」だと名乗った。

「……俺が、怖いか?」

日本語を話している外国人、名前を聞いても安心感なんか無い。姿形、着ている服を見れば…誰もが話す敵だと分かる。
そんな人物が目の前に居て怖くないなんて無い。殺された人だって沢山知ってる。同じ服の同じ髪の人に…

「……そう、だよな」

でも、離れることが出来なかった。
静かに話す彼の声だけを聞けば近くに仲間が居るような気がしたから。若い人、旅立った兄を…思い出す。
「行って来ます」と最後の最後まで笑顔で去って行った兄。連絡は、無い。

「こう言って信じてもらえるか分からねえけど、こんな…やりたくはなかった」
「……」
「だけど、証明が必要だったんだ。向こうに居た限り、俺は――…」


彼は感情を押し殺して、話してくれた。
少し裕福だった彼の家。戦争が始まる前はアメリカに家があった。その血は…少しイギリス混じりで母方がイギリス人らしい。
青い目、金色の髪、白い肌はそっちの血が多くあって、でも名前は「景吾」とだけ名乗って生活をしていたそうだ。だけど…戦争は、始まった。

迫害の始まり。昨日まで友人だと思っていた人々が石を投げ、家は突如として無くなったという。
両親は身を案じ、イギリスへ飛ぼうとしたが捕まった。いわば捕虜になったとも言えるが…そこそこの身分で死んでは無いだろうと話した。


「俺は…両親を助けるために戦闘機に乗った」


――証明が、必要だった。



「……此処なら、誰も来ないから」

そこは以前、空襲での被害を一番受けた場所で…誰も立ち寄りたがらない防空壕だった。
もう此処は機能しない。ありったけの食料も水も、すでに移動させてしまったから誰も近づいてはならないとされた場所。

「後で何か持って来るね」
「お前…」
「此処を離れないで」

どうしてだろう。私には、彼の気持ちが少し理解出来た気がした。
「証明が必要だった」と言った彼の気持ち、何処かで感じたような気がしたんだ。

「待て!」
「……何?」
「お前…殺されるぞ」
「……」
「こんなことしてたら…」

知ってる。私、目の前で見たことがあった。
たまたま居合わせた軍医さんが…とある場所で負傷したアメリカ兵を抱えて来たことがあった。
何を話しているのかは分からない。何が伝えたかったのかも分からない。ただ、その軍医さんは「人」として手当てをするつもりだった。
だけど…「人」では無いものを助けようとしている彼は、非国民だと言われた。そして――…
2人分の遺体は海へと投げられた。一部始終を私は見た。

私は、その時に皆の得た小さな勝利を喜べなかった。

「人」だった。どちらも言葉を話す「人」だった。生きて、最後まで命を持った「人」であった。
その「人」の命を奪ったのも「人」であって…でも、そんなこと言えなかった。止めることが出来なかった。私は、この時も見殺しにした。

「私は…沢山の人を殺して来た。だから、もういい」
「……お前」
「目の前で沢山死んだ。私、もう見たくない」

家族はもう居ない。仲良くしてた友達も居ない。
学校も無くなった。家も無くなった。親戚なんか何処に居るのかも知らない。
生きて、何かあった時に練習通りに動ける自信も無い。私は、「人」を殺すことなど出来ない。

「……また来る」



集めたものを持って帰れば、おばちゃんたちは「遅かったね」と私を心配して駆け寄って来た。
遠出したんだと話せば「無理しなくても良かったのよ」と言って、ソレと引き換えに食料と水をくれた。私の分だった。
優しい、母を思い出す。だけど…この人たちでさえも私は信じることが出来なかった。彼女たちはいつだって…構えることが出来るから。




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