LA - テニス
□TRAGIC LOVE
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いつしか彼は、私の目の前から消えた。
―幻に恋した少女―
「あッ!あの人、カッコイイッ!!」
都大会の日に見つけた山吹の選手。
「ねぇ、桜乃ッ!あの人、良くない?」
「あ…あの人、リョーマ君に怪我させた人らしいよ」
「えぇッ?」
「山吹中三年、亜久津仁」
亜久津仁…。
鋭い目線に均等の取れた体格、そして嫌味なく立てられた髪。
みんなが王子様と呼ぶ、青学のレギュラー陣よりもカッコよく見える。
「亜久津仁…かぁ…」
「ゆい…まさか…」
「そのまさか♪」
私は桜乃に笑いかけた。
一目惚れとは、こんなコトを言うのかもしれない。
でも、彼は二度とテニスコートには現れなくなった…。
「ちゃんと病院に行くのよッ?」
「わかってるってッ」
母親にそう言われて、私はしぶしぶ大学病院へと行くハメになった。
原因は昨日の部活。
練習の時に捻った足首が、一晩過ぎたら二倍にも腫れ上がっていたのだ。
ヒビが入っているかも知れないから…と一種の脅しを掛けられて病院へと来た。
「はぁ…」
大きな溜め息が出てしまった。
あの日から現れない亜久津仁。
それが気になって、私は元気というモノを失いかけていた。
『志月ゆいさん。七番にお入り下さい』
ようやく呼ばれた私は、また溜め息をついて診察室に入った。
レントゲンなどの結果、ただの捻挫だった。
心配する程のモノでもなく、私はまた溜め息をついた。
その時だった。
「…ッ!?」
私は息を飲んで、擦れ違い様に別の診察室に入る人に目を奪われた。
「あの人…」
思わず、看護士さんたちが待機する受付所へと駆け込む。
「すみませんッ」
「ハイ?」
「あの…私、さっき…そこの診察室に入った人の友達なんですけど…彼の病気…」
「そのお友達の名前は?」
「亜久津…仁君です」
確かに見た。
間違いはない。
だけど…。
「亜久津君ね…」
看護士さんは少し俯きながら私から目を逸らした。
普通だったら、本人の許可なく病状を教えてはくれない。
だけど、私がよほど真剣だったのか、その看護士さんが私に教えてくれた。
「彼…精神的ストレスからくる脱毛症でね…週に一回は治療に来てるの…」
「え…」
「彼に会ったかしら…体中の毛髪が抜けてしまって…」
確かに彼には髪の毛どころか、眉毛も睫も見当たらなかった。
だから、私は驚いて…彼の後ろ姿を追った。
知らない方がよかった。
会わない間に美化された記憶は、音を立てて崩れていった。
あの日の彼は消えてしまった。
私は、きっと幻に恋したんだね…。
「さよなら、亜久津君…」
END