LA - テニス

TRAGIC LOVE
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いばらの涙




雨が降るわけでも晴れているわけでもない天気。

望みを無くしたような湿った空。




「似合い過ぎて恐ぇな」




滑稽なことに、その空の色は俺の胸の内の色。

あいつが好きだと言っていたかすみ草だけの花束を持って、俺はただ歩いていた。



周りで交わされている言葉は、耳を傾けても全く意味も通じない異国の言葉にさえ聞こえる。



もしかしたら、俺もあいつ以上に病んでいるのかもしれない…。






「ゆい、起きてるか?」

「あ…景吾…」

「今日はゆいみてぇだな。よかった」

俺は彼女にかすみ草の花束を手渡す。



彼女が転校して、とある学校へ入って一ヵ月。
彼女は通信制の高校を目指すらしく、自宅で勉強していた。
だから俺は毎日、学校帰りに彼女の元へと通っていた。



「かすみ草…綺麗ね。ありがとう」

彼女は愛らしい笑顔で俺に微笑みかける。

「ゆいが欲しいっつったから買って来たんだぜ?俺様に感謝しろよ」

「それ…私じゃない…」

彼女は目を伏せて、俺にそう言った。





彼女は病気だ。

精神分裂症…一つの肉体に多数の心を生み出す病気だと、彼女の母親は教えてくれた。



本来の自分が嫌で、想像上のIfという世界から、もう一人の自分を生み出す。
そして、また別の自分を生み出し、更に生み出す。

『もし…自分がこんな風だったら…』

それが彼女のたった一つの肉体に、複数の心を作り上げた。



――精神分裂症。



全ての心がゆいであることには変わりはない。

だけど…。

全てを愛することなど出来ない…。





「それでもゆいに持ってきたんだ。素直に喜べよ」

「うん…ありがと」


彼女は自分の中の一人の自分を知っている。
もう一人も知っている。
全てを知っている。

時折、記憶がない間は夢を見ていると話してくれた。

その間、俺はもう一人の彼女と会っていた。



それが許せないと言った。



「そうだ。ケーキも買って来たんだ。食おうぜ」

「うん…」



自分であって自分でない存在。

そいつも確かに俺を好きだと言う。






だから許せない…と。




「景吾…」

「何だ?シュークリームの方がよかったのかよ」



「…別れよ?」



彼女は静かにそう言った。


「私ね、もう一人の私に景吾を盗られるくらいなら…別れたい」

「…何でだよ…俺を信用してねぇのかよッ」

「そうだよッ。信用してないのッ」




全てに終わりが来た。




俺はそれ以上、何も言うことが出来なかった。





『景吾ってトゲトゲした…いばらみたい』


『そのいばらは私を守るためにあるんだよ♪』


『…守ってね?』





この願いは、無残にも切り落とされた。






たとえ…
幻想に埋もれた愛でも
歪んでいた愛でも
この愛は殺せやしない。



…殺せるのか?








運命とやらは時折、天から舞い降りては悪戯に楽しむらしい。

一人の想いを…。



だったら、平伏してなんかやらねぇ。

いつまでも、あいつへの心を抱いて死んでやる。





俺は初めて、彼女に涙を見せた。





―いばらの涙。







END
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