LA - テニス

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泪色の朝



此処に来る前、私は酷く泣いた。最後まで抵抗したし、最後まで反対して両親を困らせたと思う。
妹も弟も賛成したにも関わらず自分のことばかり考えて…それでも譲れなかったのは「卒業」というもの。
時期が悪い。たった1年半しか通わない学校を卒業しても誰も何も考えないし、私も何も感じない。
だけど…一人残ることも出来ずにやって来て、やっぱり私は浮いてしまっていて結構苦しい気持ちしかない。

「ゆい」

私の名を呼んでくれる友達は出来ても比較してしまう。だって言葉を聞き取るので精一杯だから。
沢山の場所に連れてってくれる友達も出来たけど、それでも私は自然よりコンクリジャングルが懐かしい。
何もかもが違って、本当に全てが変わってしまって、私だけが残されているんだと気付く。本当に、本当に。


沖縄の朝は…向こうと違って早く訪れる気がした。
のんびりした空気はあるのに、どうしてなのか朝が早くて私はいつも此処に来てから学校へ行く。
いつまで経っても見慣れない海。真っ青で何処までも広がっていて…だけど何処も繋がっていないような場所。
その青さが飲み込むのは一体何なのか。私はこの大きな海を見るたびに底知れぬ恐怖を感じる。

だから近付くことなく素通りする。顔だけ海を見つめて…
物悲しい海だよね。こんなにキラキラしているのに…私を隔離している。本当に何処とも繋がっていない。
この海さえ無くて陸地だったならば、て最初の頃は考えていたけど今となってはその考えすら泡となって消えてた。
考えるだけ無駄。海は海でしかなくて、陸ではないから。それは何があっても変わらないから。



「……あ、今日もいる」

この海を通り過ぎるたびに見掛けるものがあった。物凄くヘタなサーファー。
沖縄の夏は本土と比べて長い。ましてやウエットスーツなんかがあるもんだからこんな光景は多々目にするけど、
朝の、ましてやこの時間帯では珍しいと思った。出来ない私が言うのも何だけど…本当にヘタクソで、何故が救われる。
何だろう…救われるって言い方はちょっと変だけど、少し勇気を貰うカンジ。元気を、貰うカンジ。

何度も何度もパドリングして波に向かって行くけれどボードに立つことが出来ずに転倒して波打ち際へ。
それでも懲りることなくまた立ち上がってボードを片手に波に向かって行って…それを延々と繰り返している。
少なくとも私が真っ直ぐ進んでいく間、一度も休むことなく立ち向かって。今日もボードの上に立つことは無かった。



私の通う学校は何とも綺麗な場所に位置していた。
海が見たけりゃ廊下の窓から外を眺めればいいし、緑が見たけりゃ教室の窓から見ればいいし。
少なくとも私が前に居たところからは有り得ない光景で、色彩感溢れる場所に立っているようなものだった。
雰囲気だって悪いものはない。人だって優しい人が多い。それでも…私は慣れることなんか無かった。

「お、早いじゃん志月」
「……おはよう」

優しくても、どんなに優しく接してくれようとも壁が厚いことに誰もが本当は気付いてると思う。
その証拠に…私は彼らとはうまく会話が成立しない。どんなに沢山話し掛けられたとしても、私は答えることが出来ない。
最初の頃は何度も聞き返されることに苛立たなかった子たちも、最近では苛立ち始めて…最終的には溜め息。
此処で暮らす以上、把握してもいいはずなのに…ときっと影で言われてると思う。でも、そんなことしたくない。

「あー…やぁはさー」
「……何?」

私がこんななのに、それでも負けずと突っ込んでくる人も珍しいって、最近思うようになっていた。
そのうちの一人が…彼。平古場、凛だったかな?クラスメイトなんだけど顔と苗字と名前が一致してなくてアバウトだけど。
始めの頃はこれでもかって言うくらいに沖縄弁でしきりに声を掛けられてたはずなんだけど。
私が「ごめん、全く通じない」と告げた一言にショックだったのか、それ以来…懸命に言葉を変えてまで声を掛けて来る。

「立海、から…来たんださいな」
「そう、だけど…」
「テニス部員、やっぱ強いー?」

ところどころに変なものが混ざってて、でも分かる範囲での言葉で本当に一生懸命声を掛けて来て…疑問、よね。
ナチュラルに疑問だよ。何でそうまでして声を掛けて来てるの?放っておけばいいのに、他の人みたく。
馴染めてないからって可哀想だと思ってくれてる気持ちは有難いけど、それに触れたとしても私は何も変わらない、の。
やっぱり此処は私の欲しかった居場所なんかじゃなくて、私の気持ちは向こうに置いたままで…空っぽなのよ。

「わん、テニス部なんだ」
「……そうなんだ」
「今年、全国大会に出る」
「そうなの」
「それで…色々話とか聞きたくて、な」

一生懸命さは伝わる。本当によく伝わるけど…ごめん。容易く話せることなんかない。
確かに立海大付属中はテニスの名門、全国大会で優勝も果たした強豪には違いは無いけど私は関係なくて。

「……ごめん。私、テニス詳しくないから」
「いや、個人的なことでもいいんだ」
「……ごめんね」

この「ごめん」の言葉が「話せない、無理」だということくらい分かったらしく「そっか」って言われて会話は終わった。
苦笑いしてサラサラとした髪を掻きあげながらまだ何か言葉を探しているようにも見えたけど…
私がその場から離脱することで確実に終わらせた。一生懸命な彼には申し訳ないけど…そうすることが一番だと思ったから。
一つの会話で何度も何度も同じことを聞き返す私は苛立たせることしか出来ないから。

教室から出る間際、二人組の男の子たちが入って来て自然に「おはよう」と言われたから「おはよう」と返した。
どんな表情をしていたかは見ていないけど、教室の中に居た平古場くんに声を掛けた時とは明らかに声のトーンが違ってて、
社交辞令だと簡単に分かった。神奈川ではない、そんな優しさが何処となく…私には痛かった。

「凛、お前また失敗かー?」
「あい?」
「やぁはそういうの下手だかんなー」
「……かしまさい」

未だ慣れないイントネーションで何を話しているのか、何のことを話しているのか分からなくて遠ざかる。
どんどん遠退いてく自分がいるからそれ以上の会話は全く聞こえなくなっていた。



何が悪いとかそんなんじゃなくて、単に私は一人だけ孤立している。自分から孤立への道を歩いてることに気付いている。
それが分かっていて変えることが出来ないのは言葉の所為だけじゃない。私がただ向こうに気持ちを置いて来たから。
離れたくなかったという気持ちだけを持って此処へ来て、優しい人たちに囲まれながらもそれに痛みを感じる。
どうしようもないくらいに、それだけを引き摺って、自分から引き摺って歩いているようなもの。

……それでもいいんだ。
辛抱は数年、高校は無理でも大学だけは向こうに戻ってやるんだって気持ちを胸に私は生きると決めた。
不安定だけどそれだけが支えて、それだけを胸に今は我慢しようと決めて、決め込んで――…


「あ、おはようゆい」
「……おはよう」

此処でも私の名を呼んでくれる友達は出来たのに、どうしてこんな風に思ってしまうのだろうか。
ズキリと痛むものがあるけれども、無理に笑って合わせることは止められなくて罪悪感は募っていく。

「いつも早いねー」
「日が昇るのが此処は早いから」

仲良くしてくれようとしている友達に「ごめん」と言えずに今日も笑う。
気付いているかな。目の前で笑ってくれている彼女は、私のこんな気持ちに…気付いているの、かな。



-泪色の朝-
かしまさい…うるさい。


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