LA - テニス

TITLE SERIAL
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「……まだ越す気はねえのかよ」
「うん。此処は私の城だから」



世の果て
-after that-



出だしの展開は急ピッチで進んだ。勿論、俺様の望む方向で進んで…まあ当然なんだがな。
あの日の夜から一ヶ月は経過しただろうと思う。俺らしくもねえ、焦りに焦った方法で雰囲気に呑まれた彼女を抱いた。
酷く抵抗するようであれば…全て終わりを覚悟して乱暴にしてたかもしれねえ。だけど、彼女はそうでなかった。
口付けを受け入れながら、少し切なそうな目をして「景吾」と呼んだ瞬間に…受け入れなければ監禁とまで考えたほど、
執着し、固執し、二度と放すことなど出来ないように、そんなことなどないようにしてやろうと決めた。彼女の意志を問わずに。

「……好き、みたい」

俺の胸に触れて鼓動を確認したままの彼女が泣きながら告げた言葉。
その「みたい」って部分だけを消去して、「好き」だと仮確定したことにして……時間を考える余裕もなくまた抱いた。
何度「好き」だと告げて、何度「愛してる」と告げただろうか。それに応えた彼女の気持ちは本物だと、その時初めて確定した。

それから始まった交際。特に何をするわけでもなく、ただ傍に居て笑って、過ごして来た。
俺に不満はなく、彼女を問い質しても不満はないらしく……ただ、最近は不満でなく俺の我儘が表に出るようになっていた。



「ボロくて狭いのに城なのかよ」

お互いに仕事のある身、出勤と退社の時間帯がズレていることから一緒に住むことを拒否されたまま。
それが最近気に食わなくなって来ているらしかった。なんて、自分のことなのに他人事みてえに考えはするんだが…
どうも彼女を目の前にするとその感情が余計に出て来て適わない。考えを上回るかのように感情ばかりが先を行くんだ。

「城だよ。就職してからずっと此処にいるのよ。愛着湧くわよ」
「つーことは…もう4年近く此処にいたのか?」
「そうよ。家賃も安いし」

彼女は何も変わってはいなかった。自分の思うがまま突き進み、重要なところで妥協という言葉を知らない。
見た目だけはどんどん進化して、焦りを感じるほどに綺麗になったというのにその心は昔のまま、頑ななまま。
何に愛着を感じてるんだか…こうして立ち寄ってみれば出迎えたのは蜘蛛のセバスチャン?だったか?それだ。
ピエールだかロバートだかアンディだかにも遭遇したこともある。いちいち虫なんぞに名前付けやがってな。
んなとこで生活する彼女もそこそこ変わったヤツだと思っていたが…最近、少しソレにも慣れて来た自分が居るんだが。

「家賃払うだけの場所かよ。とっとと俺のとこに――…」
「だーかーら、それは困るんだって」

何が困るんだよ。俺のとこには無駄に部屋があって、少なくともお前の分の部屋くらいある。荷物も確実に収まる。
寝室は…まあ俺と同じとこに強制だ。それは確定してても一人の時間を提供出来るくらいのスペースは備わってんだ。
何も不自由しない、させない。邪魔も…出来るだけしないと約束してやってもいい。あくまで出来るだけだがな。
朝は俺の都合に合わせろなんて言うつもりもねえ、夜だって遅くまで待ってろなんて言わない。ただ傍に居ればいい。
顔が見れるだけでいい。合間に顔を見て会話が出来ればいい。それだけでも…叶えて欲しい。というのが俺の我儘だ。

ボロマンションで何とも言えねえ床板に座り込んで、彼女は俺の横、麦茶なんぞ飲みながら寛いでいる。
俺の話に耳は傾けちゃいるけど片手に抱えてるのは処理出来なかった仕事の書類。頭の半分はソレなんだろう。
結構悔しいのな。仕事の片手間で俺と会話しやがって……だから背後に回って抱き締めりゃ「暑い」とか言いやがる。

「ほら、景吾が仕事の邪魔するし」
「邪魔はしてねえだろ?」
「景吾だって仕事持ち帰ることあるでしょ?邪魔したくない」
「邪魔だとは思わねえよ」

仕事を持ち帰ることなんざ多々あって、彼女を呼んだ日でも結局仕事するハメになって…なんてこともあった。
その度に「帰るよ」と言う彼女を制して傍に置いて、死に物狂いで仕事を終わらせて彼女に触れる。
知らないんだろうな。そんなに簡単に終わる仕事じゃねえけど早く処理して、傍に居ようとするためだけの俺の力を。
「お疲れ様」と笑顔で言われた瞬間にぶっ飛んでいく疲れ。お前が与えてくれる穏やかな時間の温かさを。
救われる、安らげる、だからどうしても必要不可欠に思えて…だから傍に置いておきたい俺の気持ちを。

「色々考えずに来りゃいいだろ?そしたら家賃はタダだ」
「んーそういう問題でもないんだけどなー」
「じゃあどういう問題なんだ?」
「色々。もーいいじゃない。家近いんだし」
「近いけど不便だろ?わざわざ階段上がらないといけねえし」
「足腰の強化になるじゃない」

彼女の住むマンションは俺の住むマンションとは違い、五階くらいまでしかなくエレベーターが備わっていない。
幸いなことに彼女は三階に住んでいて苦はない階段なのだが…そこそこ体力を使う。しかも往復と来た。
普通はあるだろ?って初めて入った時に思ったっけな。目が点になるとこだったぜ。あまりのボロさ加減に、な。

「……どう足掻いても嫌なのか?」
「いや別に…嫌ってわけじゃないんだけど」
「だったら何故拒否する」
「んー…今より距離が縮むとさ、良くないところが見えそうでさ」
「はあ?」
「ホラ、私が時々作る料理とかも時々だから感動あるでしょ?」
「まあ…珍しいものばっかだからな」
「それが毎日続くと嫌になるのと同じで、色んな面で嫌なとこを発見するかもしれないでしょ?」

だから時々の方がいいってのか?良いところばっか見せる時々の方がいいって言うんだったら…それは間違いだろ。
少なくとも俺は良いところばっか見せてるつもりはねえし、どちらかと言えば甘えてばっかな気がする。
自分が会いたいという理由だけで呼び出して、次の日が仕事であろうとも彼女を横に置いたまま…それで出勤していく。
我儘言って、我儘しか言ってなくて今だってそうだろ。だけど、それを言わずしてどうすりゃいいのか分からなくて。

「……それの何が悪いんだ?」
「へ?」
「嫌なとこ見つけて、それが全てをダメにするとでも思ってんのか?」

そう告げたなら、ゆいは少し動揺したような顔をして「あー」とか「うー」とかで言葉を濁している。
嫌いなとこを見たところでそれが何になる。それをも好きになる、なんて綺麗事は言わねえけどよ。それも確かにゆいの一部分。
そこを好きになることは難しくても、そこだけで全てを嫌いになるとかは皆無だろうよ。お前だってそうじゃねえか?

「つまりは一緒に過ごすことで俺の嫌な部分を見たくねえってことか?」
「いや、そうじゃなくてさ」
「自分の嫌な部分を見せたくないってことはそういうことだろ?」
「う、うー…」
「……俺は結構、嫌な部分見せてんのに、な」
「へ?」

我儘言って、駄々捏ねて、結局は甘えて…なんて、十分嫌な部分だろうが。少なくとも俺の中で相当嫌なとこだ。
だけどセーブ出来ずにいるのはおそらく本気で接しているから。全てを曝け出して、それでも彼女に見せて知って欲しいから。

「……嫌な部分なんて、見せてたんだ」
「ゆいからすれば問題ない範囲なのかもしれねえがな」
「そう、なの?」
「そんなもんだろ。だが、相当嫌な部分ばっか見てるぜ」

断言しても彼女はどうも不納得なまま、首を傾げて色々と振り返っているようだ。
そんなもんなんだよ。自分が思う嫌なところと相手が思う嫌なところが一致するとは限らなくて……そうしたもんだ。
つーか、もしも嫌なところを見つけたなら即、口にするんじゃねえか?お互いにそういう性分を抱えてるんだ。言うはず。
問題はそこから始まることで、まずはそこの地点に辿り着かないと分からないこともあるんじゃねえか?

色々と首を傾げる彼女を説得する意味でも耽々と持論を説いて、納得するまで討論を続けてやろうかと思った。
だが、彼女は「んー」と唸ってばかりで一向に返事をする気配はない。言いたいことは伝わってるとは思うんだが。
……そこまで此処に愛着でもあるっていうのだろうか。こんなボロボロの狭い部屋に。

「ねえ景吾」
「アーン?」
「そこまで言うんだったら一緒に住む?」

俺を背もたれに仰け反るカタチで俺の顔を見つめる彼女の表情は…いやに笑顔で違和感しか湧かねえ。

「……まさかお前」
「そ。そのまさか」



最低限の荷物。結局、部屋は引き払わずにそのままにしておくことにして俺とゆいは共に生活を始めた。
元々、向かい合わせにあったマンションで大きく環境は変わることなく生活は出来る。出来るはず――…

「お、おい!また――…」
「ん?ピエール?セバスチャン?」
「んなもん分からねえよ!」

狭くボロボロのマンションの一室、余分な物が置けないスペースの中で俺たちの生活は始まった。
仕事をするスペースは何とも言えない台の上。ベットはダブルなんざ置けねえから彼女が使っていたシングルベット。
振り返れば確実に見える範囲に彼女は居て、当然俺も彼女の見える範囲に確実に居る。

「それで?追い出せばいいの?」
「当たり前だろ!」

狭いキッチンから顔を出した彼女を見れば、俺とは裏腹に笑顔を零しながら言われた通りに蜘蛛を外へ追い出す。

「何か…景吾って可愛いね」

くすくす笑いながら一連の流れをこなして彼女はまたキッチンへと戻っていく。
その背中は楽しそうに嬉しそうに、そして幸せそうに見えるもんだから……そういうのって伝染するもんなんだな。
そう考えれば彼女の城の中に居るっていうのも悪くないのかもしれない。



-世の果て-


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