LA - テニス

TITLE SERIAL
7ページ/54ページ


「……志月ゆいです。よろしくお願いします」

初めて会った時、すぐにコイツが乗り気でなく生徒会に入れられたことを悟った。
仏頂面下げて笑いもしねえ。ましてや、挨拶してるくせに俺様の方を見ることも無く自分の席についてったんだから。
今年の生徒会役員の立候補者は倍率で言えば、その辺の大学なんかよりも遥かに高くて志願者も過去最多だ。
それを知ってか知らずかは分からねえが…教師推薦枠で入り込んだコイツは不服そうにしながらいつも仕事をこなしていた。



昨日の始まり
-before that-



「会長、前年度の予算案より各部への――…」

一言で言うならば、コイツは真面目なヤツだった。
前副会長は一つ年上のヤツではあったが、特に真面目というわけでもなく適度に雑務をこなしてくれやがって…
何度と無く自分で訂正を重ね、尻拭いを嫌でも強いられて来たが志月の場合はそれが無く、俺的には助かってた。
さすが教師の推薦なだけはある。そう褒めてやりてえとこでもあったが……全くと言っていいほどに俺に馴染まない。
生徒会に馴染まないんじゃなく、会長である俺だけに馴染まずに志月は存在し、何故か、俺はそれが許せなかった。

書記の後輩が話し掛けたならば表情を柔らかくして話す。会計のヤツに何か聞かれたなら身を寄せて話を聞いていく。
だが、俺が何かの仕事を頼もうとしたらどうだろう。表情は一変、眉間にシワでも寄せかねないくらいの顔をしやがる。
それが俺としては許せない日々が続き、ある時、爆発したのは今でも忘れられない。

「てめえなーもう少し愛想くらい振り撒いてみやがれ!」

今、考えれば何言ってんだよ、と自分自身に突っ込みを入れるな。愛想振り撒こうがどうしようがそれは志月の勝手。
生徒会内の雰囲気を乱したわけでもなく、仕事が出来ない挙句のことでもなく……あくまで俺の私情しかなかった。
そう、この時から全ては始まっていた。気になるヤツという枠の中に、彼女は収まっていったんだ。

「私はねー跡部の取り巻きとは違うのよ!」
「なっ」
「大体ね、此処に入ったことでどんな目に遭ってるか知らないわけ?」

後にも先にもキッパリ俺を指差して否定したのも彼女だけ。そして、様々な苦痛を抑え込んで傍に居たのも彼女だけ。
その言葉を聞いた日から俺は、彼女に火の粉が飛ばない方法なんぞ考えて、考えて……行動に出るようにしていた。
半ば無意識だった気もする。カモフラみたく色んな女と付き合って、彼女との関係が生徒会以外で無いように仕向けてた。
カモフラっていうのも変だな。特にアイツとそういう仲でも無くて、その時にはそんな感情にも気付かずに居て、それでも俺は…



高等部に入った後も、今度は俺の推薦で彼女を生徒会に引っ張り上げていた。
有能な助手だから必要不可欠だ、なんて言い訳をしながら、最初みたく嫌がる彼女を無理やりに役員にしていた。
誰にも邪魔はさせなかった。当事者である志月ですら説き伏せて俺は彼女を傍に置いてたんだ。

「……また跡部と雑務なわけ?」
「有能なてめえが悪い」

さすがに中学での1年間と高校での3年間を共に過ごせば、普通の会話くらい出来るようにはなるな。
時間の流れが解決したギスギスしていた空気、それが和らいで来たと確信した時には俺らしくもなく喜んでた。
そして…その時に初めて悟った。俺はもしかしたら……コイツが好きなのかもしれない、と。

自覚症状が出るには遅すぎてた。
結局、俺は何のアクションも出来ずに大学部へと進むことになって、当然、彼女もそうであったんだが、
専攻する科目など知らない。将来の展望も知らない。彼女の描く未来を爪の先も知らない。

「……告白、せんでええの?」

何処で悟ったのか知らねえが、眼鏡にそう言われた時に俺は黙って彼女に背を向けていた。
これが最後じゃねえ。大学部でもまだ会う機会くらいあるだろう。そんな甘い考えの下、俺はそこを避けて通ったんだ。
その後……どんなに後悔したことか。広い校舎の中、俺たちは全く違う場所で違う時間を過ごすようになったんだ。



「……志月ちゃん、今日卒業なんやてな」

接触する機会はほぼゼロに等しく、ただ向かいの校舎で講義を受ける彼女の姿を見るだけの生活をしていた。
声を掛けようと何度も試みては擦れ違い、カリキュラムの違いから授業時間までもズレて……どれだけイラついたことか。
それでも変わることのない感情、変化することない想いは何処から溢れて来ていたのか分からない。

大学部に通い始めて3年目に突入する手前、彼女は笑顔で大学を卒業した。
俺はまた何も言えずにその姿だけを見送って……それを最後にしようと決意していた。長すぎた青春として――…



それから2年、俺は無事に大学を卒業して内定が決定していた会社へと就職した。
とはいえ、父親の経営するところの子会社で不本意極まりないが役職を自分の実力で得ることを条件に入社した。
スタートは新入社員と同じ。贔屓のない出だしで笑える給料から俺の生活は始まっていた。
この時、初めて俺は単なる人間として歩き始めたのかもしれない。権力、財力に溺れることなく過ごす日々は苦痛でも何でもなかった。
むしろ、どうやって日々を切り抜けていくかに労力を費やし、日吉でもねえが下克上の意を胸にしていた。

上司からの軽い嫌がらせを受け、同僚からの僻みを買い、それでも歩き続けた1年弱。
功績は人一倍上がり、役職も加速して登っていった。過去に例がないほどに登り詰めたと子会社の社長が実力を認めた。
仕事ばかりをして来た約1年。自分を褒める意味でボロかったマンションを出て、今の家へと越してきた。
それがまた……始まりであり、過去に忘れようとしていたものを蘇らせるきっかけとなったんだ。



「はあ?それホンマかいな!」
「ああ…ほら、此処から見えるだろ?」
「……ホンマや。ちゅうか、どんだけ無防備なん。丸見えやん」

わざわざ結婚式の招待状を持って来た忍足は二次会が合コン化することを想定して本気で付き合える子を見つけろとか言いやがった。
インターンの分際で看護士をそそのかしてスピード結婚。ちょっと俺より先に進んだことを自慢したかったらしい。

「何や…運命の子なんやろか」
「アーン?」
「だってそうやろ?大学から全然接触ないねんで。せやのにまた……」
「ラブコメの見過ぎだ」
「ラブロマやっちゅうねん!」

俺の部屋で飲みながらお節介な忍足は彼女が俺の運命の相手だと何度も言い張り、どうにかしろと俺を揺すり倒した。
だが…再度始める手立てもなく、自然に彼女と接触するなど到底無理なことで…何度溜め息を吐いたか分からない。

「偶然でもええから接触せえや!」
「……飲みすぎだ眼鏡」
「うっさい!一回自分んちが此処なんや、ご近所さんやからよろしゅうとか――…」
「時間帯が違うんだ。俺の方が早くて遅い」

偶然を装うことが出来ないほどにズレた時間帯。そのことにはすぐ気付かされた。
俺が出勤する頃はまだ彼女の部屋は薄暗い光を発していて、帰宅する頃にはすでに煌々と明かりが点けられている。
何の仕事してんだよ、て……調べてみれば普通に会社に勤めていて、帰りが早いのは特に飲み会などに行かないからと知った。
再会するよりも調べる方が容易だなんて、こんな経験は初めてだったな。何をどうしても会えないんだ。

「……ほな、諦めるんか?」
「……」
「無理やろ?どうにかして再会から始めて、今度は耽々と――…」
「飲みすぎだ。適当にその辺で寝てろ」

うだうだ説教してきやがる忍足をよそに、俺はベランダへ出て下ではなく上を眺めるようにした。
下ばっか見るから志月のことばかり考えて、何をしていようがそれしか頭に無くなっちまうんだって思ったから。
……何とも俺らしくもねえ、不毛なもんを抱えちまった。
そう、己を馬鹿にする言葉を自分にぶつけちゃみるが、結局のところは「それが何だよ」という言葉しか、返っては来なかった。



それから転機、展開は進んだ。
たまたま同僚たちが話していた飲み会という名の合コンで、聞き覚えのある会社の名前を耳にして乗り出した。
同僚の一人がその会社の女を狙っていて、どうにか段取りを付けたという飲み会。
俺は…誘われても居ないのに初めて自分から頭を下げていた。その場に行かせて欲しい、ということと……

「……志月ゆいっていうヤツを、誘うように言ってもらえないか?」

全ては計画的なものだと知ってら、アイツは絶対に参加することはないだろう。
だから、居合わせた人間全てに自分の恥しかない過去を暴露することとなって……知らぬは志月一人。快く受け入れた同僚に感謝した。

「専務は一途だと思ってたよ」
「……」
「想い人が見れるとかラッキーだよな」
「……狙うなよ」

彼女の知らない場所で話は進んで、俺は無事に再会を果たすこととなる。
まだ事を知らない相手の女性たちにも本当のことを告げたなら…彼女たちは苦笑しながらも背中を押してくれたのも志月は知らない。
特定の異性の姿はない。紹介を煽るようなこともなく飲み会にも来ないレアキャラみたいなものだと笑ってたんだぜ?
幸の薄い女だ。欲の無い女だ。だからこそ、俺は彼女が欲しかったのかもしれない。昔以上に、昔より遥かに強い感情で――…

「そうか、募る話でもあるなら聞いてやってもいいぜ?」

彼女を捕らえる。初めて触れた手は思っていたよりも温かくて柔らかいものだと知った。
昔より綺麗になってしまった彼女は手放せば飛んでいく蝶のよう。そう思った時点で俺は……耽々となんて無理だと悟ったんだ。



-昨日の始まり-


次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ