LA - テニス

TITLE SERIAL
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「ベッキンガムとはよく言ったものよね…」
「ああん?」
「景吾の家の通称よ。アトベッキンガム宮殿」
「……何だそりゃ」

見上げる家にただただ呆然とするのは無理はないと思う。だってウチは普通に一般だし。
何があった時にこんな豪邸が建てられるのか、果たしてどれほどの生活感があるのか…分かったもんじゃない。

「戦後の家だ。洋風に憧れたんだろ」
「いやいや、そういう問題じゃなくて」
「今更ゴネんな。行くぞ」

手を引かれ、促されるがままにベッキンガムの門をくぐらされた。


景吾と再会して付き合い始めたのが半年くらい前のこと、同棲が始まったのはその1カ月後のことになる。
狭いオンボロの部屋に寄り添って過ごす時間は決して穏やかなものではなかった。
朝は早く何かしらで戦争、昼はお互い仕事に追われ、夜は私が家事をして景吾は虫と格闘する。
景吾がゴキブリのピエールに苦戦するのを間近で見て笑って…そんな騒がしくも温かな時間を過ごして来た。

ある日のことだ。蜘蛛のセバスチャンと格闘を終えた景吾がカレンダーを指差した。
日付は10月4日、氷帝生徒ならば嫌でも知る景吾の誕生日だった。
「この日の夜は空けとけ。実家でパーティーがあるから連れてく」と短く通達された。
見たことのない噂だけの景吾の実家。話だけは聞いたとこのある伝説の誕生日パーティー。
「スーツ可?」と聞けば思いっきり「不可」と言われ、景吾が選んだドレスを来て…ここまでやって来た。


「私…初めて神に文句が言いたくなったわ」
「あ?お前んちは神道か?」
「フツーに仏教。宗派は分からないけど」

素敵な庭園に噴水、どこかのリゾートホテルのような絵に加えて正装した紳士淑女が立食しながら談笑してる。
ベッキンガムなのかベルサイユなのか、初めて見る光景に顔が引きつるのが分かる。

「愚痴は後で聞く。とりあえずお前は笑ってればいい」
「……引きつるわよ」
「出来れば営業スマイルで頼む」

引く手を腕組みに変えた景吾が見慣れぬ営業スマイルでエスコートし始めた。
どんどん人の居る方へ、チラホラ人が景吾の存在に気付き始める。

「笑え。じゃないと厚化粧に負けるぜ」
「同じくらい私も化粧塗られたんですけど」
「バカ。向こうとお前とじゃ掛けた時間で厚さが違う」
「……酷い言い方」
「見りゃ分かるだろ。粉っぽい」
「ぷっ」

真正面に居た年配のオバサマが急にネタで小麦粉被った芸人さんとダブった。
さっきまで雰囲気に圧倒されて引きつっていたのに今度は笑いを堪えるので顔が引きつる。
「もう言わないでよ」と人がより近付く前に景吾に告げれば真面目な顔して「笑わないと言うからな」と宣告された。

このパーティーが一体何を意味するか、なんて馬鹿じゃないから気付いてた。
見るからに金銭を多く含む仕事の匂いがするもので中には有名な人も交じってることくらい私にも分かる。
景吾の誕生日なんてさておいての事柄に少しだけ悲しくも憎たらしくもある。

「退屈そうね」
「まあ息は詰まる。だからさっさと終わらせてやるから笑ってろよ」
「……了解」

にこにこ微笑むのはあまり得意じゃないんですけど、と言いたいのは山々。
それでも今の景吾に恥をかかせないだけの仕事はしておこうか。とはいえ周囲にはとびきり綺麗な女性が多いけど。
これはやっぱり…アレだよね。彼女らの視線からも学生時代の激戦を思い出す。
「何あのブス。何で跡部様の傍に居るわけ」って視線ですよね。まさか自分にそれが向けられる日が来るなんて。

でも、ここで怯むわけにはいかない。

「景吾」
「何だ?」
「私は怯まないわよ」

その昔の記憶。
ただ同じ生徒会に居ただけで恨み辛みを一身に受けて来た私に怖いものなんて、ない。
どんな女性が向かって来ようとも、相手がどんな一言を吐こうとも、不釣り合いは承知の上でずっと笑っててあげる。
それが今の、今だけでも景吾に必要なことであるならば。

「ぷっ」
「……今の笑うとこ?」
「いいや。けど、こんなことなら海外から両親呼び寄せるべきだと思ったぜ」
「何それ」
「今すぐこの場で式挙げたいってことだ」
「……」

何とも満足そうに笑う景吾に何を考えてるんだか私は分かったもんじゃない。
こないだから籍とか式とか…今唐突に決めなくても、焦らなくてもいいことばかり景吾は口にする。
勿論私だって考えないわけではないけど、ただ本気で口にすることは出来ない。
きっと、問題は生じると思う。しかも大きな波となって渦を巻くと思う。それは…今の場が証明してる。

「その土俵に…」
「何だ?」
「……いや、何でもない」

登る前に引き摺り下ろされそうだと思う。
そこを心に留めた上で今、私に出来ること、すべきことは怯まずに笑うことだけだ。
フツーもフツー。それでも少し格上の普通であるように、少しは「ふーん」と思われるように、傍に居ることだ。


どんどん人が近づく。どんどん庭園の中央へと近づいていく。
人が見るのは堂々とした景吾とそれに寄り添う私。声も聞こえるけど何を言っているのかまでは分からない。
景吾を呼ぶ声もあるけどあまり反応しない。ただ、「おめでとうございます」の声には短く「有難う」と告げる。
もう少し社交的にやり取りするのかと思ってたけど随分クール。それはそれで個人的には何もしなくて助かるんだけど…

と、不意に立ち止まった景吾がスッと私に耳打ちをする。
「ここが正念場だ。お前はただ何も言うことなく笑ってればいい。それですぐに終わる」と。
何の正念場なのか分からないけどあまりにも真剣で…私もただ強く頷いた。
景吾にとっての正念場は私にとっても正念場。邪魔だけはしないようにする必要がある。

何かドキドキする。
そんな中、黒服の人からマイクを受け取った景吾が挨拶を始めた。

「本日はお忙しい中、お集まり頂き、誠に有難う御座います」

……生徒会長としての演説でこんなに真面目かつまともに話したことが一度でもあっただろうか。
初マイクパフォーマンスは「俺様がキングだ」だったし、次の演説は「俺様の美声に酔いな」だったのを覚える。
あの日は馬鹿みたいでただただ唖然としたけど…今は違う意味で唖然としてる。
成長したというべきなのか、これが本来の彼の姿というべきなのか。

そんな私の心内とは裏腹に景吾は淡々と話をし、よく会議なんかで聞くありきたりの言葉を並べてる。
「皆様方のご指導あって」とか本当に耳タコで聞きたくもない言葉だけど…景吾が口にすると不思議なものだ。
聞きたくないというよりは、聞くと遠くに感じる言葉のように思える。

遠くて、少し意識すら遠くになりそうになる。


「ご挨拶が遅れました。彼女がこの度、婚約することとなりました志月ゆいです」

……ん?

「今まで社交の場に出ることなく、影で私を支えてくれていた女性です」

……志月ゆいは…私、だったような。

「このような場ではありますが、皆様にご報告とご紹介だけさせて頂きました」

……何の報告、してるんだっけ。

「彼女は私にとって最愛の女性です。ゆえに表舞台に出したくありません。
ですから今後はこの場に立つ機会は設けません。皆様には影ながら私たちの未来を見守って頂けたらと思っております」


拍手か歓声か悲鳴か。音が、分からない。
ただ笑うことを忘れた私が景吾に引っ張られてその場を後にしているのはぼんやりと分かった。

「これで用件は終わり」

あんなに綺麗だった庭園は、もう見えない。
今、映し出されている光景はあまりにもぼんやりとしていて…気付かなかった。

「本当のパーティーは帰ってからだ。その時、指輪も渡す」

ポタポタとドレスを濡らしてく涙。
ぼんやりとしてるのは、私が俯いたまま泣いてるからだ。

「言っただろ?欲しいものは絶対に手に入れる。誕生日なら尚更だ」

ただ、好きで、傍に居るだけで良かった。多くは望まず、今ある生活だけでも幸せだと思った。
先は…考えるだけで怖くて、ずっと考えないようにして来た。

「大体、俺は我慢強い方がじゃねえんだよ」

すでに家の前に横付けされていた景吾の車。助手席に押し込まれて車は小さな排気音を立てて発進した。
呼び止める声を無視して…流れる背景はすぐにいつも通りの現実へと引き戻してくれた。

「それに忍足曰く、お前は――…」


運命の相手、なんだって。
そんなこと分からないのに…「俺もそう思う」って言ったから、今度は声を上げて泣いた。



Let's congratulate it by the best!
主要メンツ誕生祭2011 「過去から未来へ」

2011.10.20. 要さまに捧げます

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