LA - テニス

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心は、もう何度も折れていた。
それでも諦められなかったのはやっぱり「好き」だったから。




ピリオドのこう




グラウンドを走りながら聞いた言葉は未だに信じられないものだった。
そもそもあの日…魔が差しただけだと言われたら完全に折れて立ち直れないと思ったから全力で避けた。
あのキスが嬉しかったとは言わない。だからと言って嬉しくなかったとも言わない。ただ、よく分からなくて悲しくて切なくて…
だけど初めて彼の中の真実を耳にした言葉は、信じがたいものにも思えた。

「あの日の俺は…自分の欲望に勝てずに行動してしまった」
「その後、避けられた日には後悔しかしなかった」
「本当は二人三脚を断るべきでは無かったと、後々になって思った」
「そもそも…俺の勝手な事情で志月に冷たい態度を取るべきではなかった」

口数の少ない彼が淡々と早口で語った言葉たち。
何処か支離滅裂で構成も良くない…彼らしくもない言葉たちが並べられて、私は黙って聞くことしか出来なかった。
的を得ないわけじゃないけど、何処か私を期待させるような言葉たちばかりで心拍数が上がって恥ずかしくも思えた。
ただ、この変な気分が勘違いでなければ…私は言わないといけない。そう胸にしたものの、肝心な言葉はずっと無かった。
……最後の最後、ゴール地点に辿り着く寸前まで。


「俺の…所為で傷付けてすまなかった。だが…
そうしないと「好き」では済まないほど大きなものが志月を、呑み込んでしまいそうだったんだ」


私は、泣いていたことに気付くのが遅すぎた。
ゴールに待ち受けていた人たちに見られて手塚くんが責められて、何度も「彼が悪いわけじゃない」と口にしようとしたけど言えなくて。
彼は日頃にもないくらいオロオロしていた。どうすればいいのか、分からなくなっていた。
そんな時間がしばらく続いて見兼ねた先生がやって来て、注意を促してようやく競技が終わろうとした。だけど…

「えー…競技を続けます。では、手塚くんの封筒の中身を拝見、し――…」

ゴホン、と咳払いをして進行を進めようとした担当の子が再び固まった。
「え?」と思ったのは私だけじゃない。手塚くんも同じだったと思う。だって中身は「実行委員の女子」だったはずだから。
だけど、それは全くの嘘。でも…そのお陰で私は全てにピリオドが打てたのかもしれない。


「貴女は手塚くんの「可愛い可愛い子猫ちゃん」で間違いありませんか?」


手塚くんは理解するまで何度も意味を聞いた。そして、すでにゴールしていた不二くんにも怒鳴り散らしていて結局、3人は失格となった。
ただ、そんな中でも私は確認したかった。それは「間違いない」って言って欲しくて。「私も好きだ」と言いたくて。



体育祭が終わって数日、それでもこの話題は尽きていなかった。


「最後の最後は愉快痛快だったな」
「前年の比じゃなかったよね。大石の胃薬なんてメじゃなかったし」
「……しつこいぞ」

不二くんに誘われて屋上でお昼を過ごそうと言われてやって来れば、そこには手塚くんが居た。乾くんも居た。
後から大石くんも菊丸くんもやって来ると聞いて…さすがに物怖じするけど後の祭りで、とりあえず手塚くんの横へ。

「大体さ、僕の言うことなんて信じる辺りが手塚だよね」
「ああ。でもまあ信じる者は救われたんじゃないか?」

それが例え嘘であったとしても、と乾くんは笑った。この言葉に手塚くんの返事は無い。
全く面白そうにもしていない難しい顔、だけど不愉快そうなわけじゃない。ただ、それ以上その話をするな、と言ってるようだ。
口数の少ない、表情にも表れにくい彼から分かるのは…それくらいだろうか。ジッと見つめていればふと目が合う。

「……すまないな」
「ううん。私も…忘れられない体育祭になったよ」

インパクトがあり過ぎて皆に色々言われてるけど、時々先生もからかっては来るけど素敵な思い出になった。
初めて嫌われてなかったんだと泣いてしまうくらいに嬉しかった。だからまた泣いた。その時また手塚くんは困っていたけど。

「それならいい」


あの日、確かに心は折れた。
折れても折れてもそれでも諦められなかったのはやっぱり「好き」だったから、ゆるゆると自分で再生を試みた。
でも折れたはずの心に添え木するカタチで支えが出来た。それは、あの日の先の出来事。

今も信じがたいけど夢でもない。
ヤンヤヤンヤと騒ぎ立てる人が居るからそれを実感出来る気がした。





2009.06.14.
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