LA - テニス

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極力、近づかないようにしていたのは事実だった。
誰とも仲良く出来ることも自然と好意を持たれやすい性格も分かっていながら俺は遠ざけてた。
理由は…あくまで俺のエゴであり、俺自身のためであって、決して彼女を傷付けようと思ってたからではない。

……とは、本人目の前に言えるはずもなく、ただ「ごめんね」と走り去る彼女の背中を俺はただ見ていた。
休み時間のことだった。今年最後となる体育祭で空白のままとなっていた競技の穴埋めをすべく、彼女は走り回っていた。
騎馬戦のメンバーは埋まっていた。リレーのメンバーも決まっていて、残されていたのが二人三脚と借り物競争。
彼女は俺に「私と二人三脚で組まないかな?」と言って来て…俺は考えることもなく借り物競争を指先していたんだ。




れたら最後 01




流石に…何か理由なんかを述べてから断るべきだったと今更反省しても遅いだろうか。
そう思ってチラリと彼女を見てみたが、特に気にした様子も無く動き回っては空欄を埋めるべく種目決めを行っているようで。
少しだけホッとしたが拭えぬ罪悪感もそれなりに残されている。それはそれで煩わしいものだ。

元より無愛想な俺は感情を表立って出すことが苦手で、それに伴ってか口数も多いわけではない。
だが、感情が無いわけではなく…どちらかと言えば人より大きな感情を以って動く節があることを他でもない俺自身が知っていた。
やると言えばやらなければ気が済まないし、やらないとなれば絶対にやらない。一度決めたことは絶対に曲げない頑固さは祖父譲りだろう。
だから、俺は極力近づかないようにしているんだ。自分のエゴで自分自身のために。

……あまりにも醜い感情を持ち合わせているから。



「やあ手塚」
「乾か」
「体育祭、種目は決まったかい?」
「借り物競争にした。乾は?」

昼休み、借りっぱなしだった本を図書室へ戻す途中に乾と会った。
その片手には俺と同じように本が数冊…「返却期限ギリギリだ」と言わんばかりの様子に「同じく」と言わんばかり表情をして。

「騎馬戦だ。馬で高さを取る作戦らしいが…騎手が転倒する確率75パーセントだ」
「だったら助言した方が良くないか?」
「したが…データ越えをすると宣言された」

参ったよ、と呟く乾だがその表情を何処か楽しそうで、それなりに楽しみにしていることが窺える。
何と言っても今年が中学生活最後の体育祭だ。最後の思い出として最高のものを刻みたいのだと思った。
それは俺としても同じことなのだが…今はどうもギクシャクしてそういう気持ちになれない。おかしなものだと思う。

「手塚は借り物競争か…無理難題突き付けられたらどうするんだい?」
「その時はその時だ」
「去年、大石が借り物競争だったな」

ああ、確かあの時に書かれた内容が「大事なもの」で大石は慌てて校舎に駆け込んで…胃薬を持って来たな。
あれには度肝を抜かれたがそれ以上に笑いも取れて。やはり大石にとって胃薬というのは大事なものなんだと再確認したんだった。
今になって思えば身近に居た菊丸を連れて走って「友達が大事なもの」だとしても良かったんでは?とも思うのだが、
あの時はそれが精一杯のことでそれしか頭になかったんだろう。面白いものだ。

「手塚にもあれくらいの笑いを期待してるのだが」
「生憎、俺にはその期待には応えられない」
「……それは残念だ」

クッと笑う乾に自然と溜め息が漏れる。
大体、俺にそういう面白さを追及されても無理な話だ。まあ、大石は真剣にああしたんだとは思うがな。
そうこうしているうちに図書室に到着し、それぞれが返却作業を行うためカウンターへ。すれば、そこには越前の姿。

「チィース」
「やあ、当番かい越前」
「そうっス。先輩たち、期限ギリギリっスよ」
「悪い」

決められた曜日の昼休み、こうして図書室で越前には会うのだがカウンターに座っているのは珍しい。
大体、カウンターには女子生徒が座っていて返却チェックを行い、越前はチェック出来た本を元に戻す役割のはず…
その手馴れぬ作業を行う彼を見守るつもりで眺めていたが…返って作業に影響が出ると乾が言うものだからそこを離れて。
新刊コーナー、まだ触れることすら出来てない本たちに目をやって。その中の一冊にふと手を伸ばしてみれば、

「また、か」

どんなに新しい本であっても必ず先客が名を刻んでいる。しかも、志月ゆい。
彼女がいかに読書家であることは知っていた。もうずっと前から気付いていた。そもそも今の俺があるきっかけが…ソレだった。
何を借りようとも彼女は俺の前に居て、顔も知らぬ頃はどんな子なんだろうと不思議に思っていたのが始まり。
文学史を借りようが詩集を借りようが流行物を借りようが名はあった。流石に洋物の医学書なら…とも思ったがそこにも。

「手塚、それを借りるのかい?」

何かを学びたかったのか、それは分からないが随分マニアックなヤツだと最初は思っていた。だが、実際に知った時は驚いた。
あまりにも普通の子だったから。マニアックな雰囲気でも何でもない。他の子と何ら変わりの無い子で逆に本とは無縁そうな子、だったんだ。

「……ああ。新刊みたいだからな」
「俺も借りる本は見つかったよ。とりあえず借りてくるが手塚は?」
「俺は…もう数冊見てくことにしよう」
「分かった。じゃあお先」

それだけ言うと乾は早々に図書室を後にしていく。どうやら図書室で読む気はないらしい。
俺は、と言えばまた新刊から気になる本を手にとってみたのだが…そこにも志月、志月、志月の名。
彼女はどれだけの時間を読書に費やしているというのだろうか。今はこれだけ多忙だというのに。



結局、彼女の後に連なるようにして適当に本を借りて図書室を後にした。
別に名を連ねることに不快感を抱いているわけでもないが、何処となく落ち着かずにいるのは…俺が邪だから。
指紋こそ残ってはいるだろうが他には何も残されていないことを知りながら、それでもこの気持ちは消えない。

……ただ「好き」では済まないんだ。

そのことに誰よりも先に気付けたことは良かったが、そのお陰で今度は迂闊に近づくことも出来なくなった。
俺は、俺を知っている。だから、取り返しのつかないことをする前にセーブしておいた方がいい。遠ざけた方がいい。
俺は…俺自身を抑え込む自信がどんどん無くなって来てるんだ。


彼女はとても感情豊かで気さくな子だ。誰でも仲が良いし、誰とでも話をすることが出来る。
それは同性であろうが異性であろうが後輩であろうが何であろうが…お構いなしに接することが出来る子だ。
そう、それが分かっているからこそ逆に、どんどん自分が追い込まれていくのが分かった。

誰も触れないでくれ。
自分だけのものでない、かといって自分のものに出来ない。そんな俺がこんな感情を持つこと自体がおかしいと分かってる。
だけど抑えることがどんどん出来なくなっている。あまりにも醜い感情、あまりにも一方的すぎる邪な感情。


本を片手に溜め息を吐く。
こんな感情、流されてしまえばいいのに…などと、窓から吹き込む風を感じながらそう思ったんだ。





2010.03.11.
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