LA - テニス

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あれから跡部くんはフツーに戻った。
女の子たちにキャーキャー言われても怒鳴らずスルーしていくスキルを思い出した。
テニスも今まで通りに出来るようになって、後輩を扱いてはまるで雑巾みたくボロボロにしていく。
何もかもを思い出して、あの跡部くんらしからぬ出来事も記憶して、彼はフツーに戻った。

けど一つだけ。今まで通りに戻らなかったことがあった。



おれはお前のもの



「ゆい。お前は残れ」
「は、はい?」
「笹川。てめえはちゃっちゃと帰れ」
「……言われなくても帰りますよ!」
「ゆ、祐希ちゃんっ」

「じゃあまた明日ね」と私に笑って、その後ギッと跡部くんを睨んで生徒会室を出ていった祐希ちゃんは、役者みたいだ。
一応、今日の帰りは新しく出来たクレープ屋さんに寄る約束で生徒会の雑用をしに来たんだけど…
私が良くなかった、かな?とりあえず後でメール送って謝ろう、と思いつつ。跡部くんと二人きり。ドキドキする。

「えっと…跡部くん?」

よく考えたらあれ以来、ずっと向き合うことが無かった気がする。
記憶が戻った翌日はまたも黒服団体に担がれて病院で精密検査を受けたらしく、学校には来なかった。
で、登校して来た日からは色々とお世話になった?人に御礼参りをして歩いたらしいし、部活も忙しくなったみたい。
かと思えば、生徒会の仕事もあるわけで…祐希ちゃんとのバトル内容もこないだ聞いた。凄かった。
よくよく考えたら…その間はずっと話す機会も無かったんだなーって。

「携帯番号とアドレスを教えろ」
「え?」
「それから、水曜日の放課後は確実に空けとけ」
「はい?」
「……とりあえず、携帯が先だ」

えっと、あ、いや、私の携帯番号とアドレスくらい減らないし教えますけど…え?何?水曜日?
て、今日がその水曜日で部活が休みで生徒会の仕事があって、えっと、何か雑務があるなら祐希ちゃんからもお願いが。
ん?イマイチよく分からないけど、ポケットに入れておいた携帯を取り出して…あれ?マイプロフィール何処だ?
何か、何処かに自分のデータのある機能的なものがあったけど…ってあったあった。これでいいのかな?

「どうぞ…」
「……見たいんじゃなくて赤外線で送ってくれ」
「あ、ごめんなさい」

とか謝りながら赤外線の準備をしてれば跡部くんはすでに受信する構えになっていた。
携帯も跡部くんも、私の方を向いている。そう考えれば考えるほどに指先が変に震えて作業がしづらいんですけど…
そんなことはお構いなしに彼は何とも言えない表情で待ち構えている。

「送ります、よ?」
「ああ」

携帯同士向き合って、私たちも向き合って。画面には送信中の文字が揺れている。
画面だけじゃない。どうやら私の手も震えてるみたいで…それで送信に時間が掛かってるってことはない、よね?
とにかく無言の時間が流れてる。そりゃ、こうしてる間に敢えて話すべきことなんか無いんだけど。

沈黙時間数分。
とりあえず、私のデータは跡部くんの方へ飛んだ。

「俺のは後で送る」
「あ、お願いします」

……と、何が何やら分からぬままにアドレス交換しちゃったよ。
巷ではそう簡単に聞き出せないデータをいとも簡単に私が入手しちゃって良かったんだろうか。
元は、関わりの少なかった私。確かにあの日、跡部くんはああ言ってくれたけど…
あの日の跡部くんはもう居ないかもしれない。記憶喪失とかじゃなくて気持ちの問題。
だって私は…ただ生徒会の手伝いをしてただけの私に戻って、跡部くんの手伝いをする必要も無くなった子だもの。
何か、色々ぐちゃぐちゃだ。ぐちゃぐちゃするから、怖い。

「……お前なあ」
「は、はい?」

パチン、と音を立てて携帯を直した跡部くんが盛大に溜め息を吐いてただ一点、私を見ていた。
曇りの無い真っ直ぐな視線。体が、少し仰け反った気がした。

「何故傍に来ない」
「え?」
「傍に居ろって俺が言ったのを忘れたのかよ」
「……いや、」
「だったら隣に居ろ!避けんな!普通に戻んな!俺は――…」

手が、伸びて来るのがはっきりと見えた。でも、次の瞬間には彼のシャツしか見えなくなった。
温かい…と感じるには少し無機質なもので、でも頬に感じる人のぬくもりは本物。
私の肩に顔を埋めてるのが分かってて、何をどうしていいのか分からない手は宙を彷徨う。

「ずっと好きだって、言ったよな?」
「……言い、ました」
「なら昔に戻んな。また、写真が増えちまう」
「しゃ、しん?」
「俺の携帯の中にある。お前の隠し撮りだ」
「ええっ?」

う、嘘。あ、でも…携帯に何かがあったっていうのは確かに聞いたけど…写メ?い、いつ撮られてたんだろう。
そりゃ生徒会にはお邪魔してたけど撮られたカンジは無かったし、クラスは違うし、私の行く先に跡部くんの姿は…無かったはず。

「う、そでしょ?」
「嘘なはずがない。だから…二度も好きになった」


――記憶が無い自分も、ゆいしか見えてなかった。


静かに響いた跡部くんの声。
あの日の跡部くんは、まだ存在してたってことが嬉しかった。

「今度こそ誓え。俺の傍に居るって」
「……跡部、くん」
「出来る限り俺の傍に居るって、今度こそ誓えよ!」

……どうして、誓わずにいられるだろう。
私はもっと前から好きで、ただ好きで…ただ近くに居られたらそれで良かっただけの人間だよ。
でも勇気が無かった。今も昔も、だから傍に行くことなんか出来なかった。だからもう一度、聞きたかった。

「……傍に、居てもいいですか…?」
「バッカじゃねえの?俺が居ろって言ってんだろうが、お前はただ誓えばいいんだ」

だったら誓います。けど、跡部くんも、誓ってはくれませんか?

「……くん、も」
「何だ?」
「跡部くんも、傍に居て、下さい…」


恐れ多い、大それた願いだったと思う。それでも彼は溜め息混じりに言った。


――俺はお前のもの、傍に居んなっつー方が無理なんだよ。



ぞっこんな5のお題
(おれはお前のもの)



2010.01.11.
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