LA - テニス

TITLE SERIAL
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意識は急に目覚めた。だが、ハッと気付いた場所は見知らぬ場所。
心配そうに覗き込む顔も、耳元で連呼されている名前も、俺には全く理解出来ない言葉のよう。
いや…言葉は理解出来てるから俺は間違いなく正常ではある、と冷静に判断はするものの…何かがおかしい。

「ほんま、ビックリしたんやで勘弁してーや」
「熱中症とかマジ跡部らしくねえし」
「そ、それは失礼ですよ宍戸さん」

何だ?誰にコイツらは話し掛けてんだ?何でそんな…ホッとしたような顔してんだ?
「気を付けないとダメよ」と白衣の女がそう言って肩を叩いた瞬間の不快感と見世物になったような不快感と――…
不意に出た行動はただ一つ。触れられた手を払い、見下ろしたままのヤツらを逆に睨み返すこと。

「気安く声掛けてんじゃねえよ」

その言葉を放ってからはまるで子供のお芝居を見ているようなものだった。
最初は笑って、次の瞬間には表情を変え…最終的には変な空気の中、ドタバタと騒ぎ始める。
まるで台詞を忘れた主役に焦ってソレを思い出させようとしているような…そんなお芝居にもならないお芝居。
別に頼んだわけでもねえのにそんな茶番を見せられている俺はやっぱり冷静でありながら…何かが引っ掛かっている。
何かを失くしたような、何かをモヤの中へ置き去りにしたような、そんな意味の分からない感覚がする。

「……跡部?」
「知らねえ、誰のことだ?つーかてめえは何だ」
「冗談は…今言うような時やないで?」
「んなこと知るかよ。つーかこっちも聞いてんだろ!何なんだてめえら」
「……あ、とべさん、ですよね?」
「ああ?知らねえなそんなヤツ。俺の名前は――…」

名前…は?それに続く言葉が思い出せない。
んな馬鹿なことあるはずがねえだろ!って心の中で自分が叫んでるにも関わらず…叫んでるヤツの顔も名前も知らない。
冷静な分、呆然とする。俺は俺自身が分からなくなっている。そのことだけは確かなものとして、漠然としてものとして認識。

「……」
「記憶…喪失?」
「あ、頭打ってた、よな侑士…跡部にしちゃダイナミックだっつって俺ら笑ってて…」
「……激ダサ、だろ」

言葉は理解出来る。だが、内容は全く理解出来ない。だってそうだろ?コイツら俺は知らなくて、俺は俺を知らなくて…
それを記憶喪失って言うんなら、俺は…記憶を喪失してるってことなのだろうか。



過去からの呪縛
-思い出せないもの-



そうじゃないんだ。そう否定したくて成すがままに病院へも搬送され、医師の問診から精密検査から全てを受けた。
どうやら俺には主治医たるものが存在し、全てのデータが出揃うまでにそう時間も掛からず、治療費も発生しないとか。
その理由は何故だと問うのが常識だと俺は思い、それを口にした瞬間に全ての判断が下され…今がある。

「跡部くん、記憶喪失なんだって」
「今がチャンスなんじゃない?」

そんな囁きが聞こえる学校の教室。当然…と言うべきなのかは分からないが、俺はこんな場所知らない。
こんなところに居たことなどがあったかどうかも定かではないまま、俺はアイツらに此処に置き去りにされたようなもの。
「何か思い出すかもしれないだろ」と、そんな単純な理由で此処へ置かれ、見知らぬヤツらからの視線を浴びる。
全然イイ気分じゃねえ。むしろ不愉快すぎて腹が立つくらいだ。どいつもこいつも…むしろ、俺ってお前らにとって何なんだ?
ひそひそと俺を見て話す女の集団。いきなり突進して来たかと思えば「貴方の彼女です」とかほざく女の集団。
とにかく女、女がうぜえ。確かに…客観的に俺の顔を見た瞬間はアレ、だ。悪い顔はしてねえって客観的に思いはした。
けどよ、異様なんだよ。全く自分のことが分かってない俺からすれば俺が何だったのかが分かったもんじゃねえ。
てか…今まで俺に声掛けて来た女に彼女なんていうポジションのヤツは絶対いねえって断言出来る。これは確定。

「跡部ー」
「あん?」
「お、今のは跡部っぽい」

……つーか、お前は誰だよ。何いきなりワケ分かんねえこと言ってんだ?
いきなり俺のとこにズカズカやって来る女がいるな、とか思ってりゃ開口一番この会話はおかしいだろ。
だが、どうやらコイツは例の団体たちとは違うものに属してるらしく、明らかに不機嫌な俺に対して臆することを知らない。

「てか、夏休み前の予算案議会前に何記憶飛ばしてんのよ!」
「ああ?」
「アンタ、生徒会の仕事私たちに押し付ける気?」
「何だてめえ。んなこと知るかよ!」

机をバンバン叩いて来るこの女、今の俺には全く身に覚えの無いことで無駄にキレ叫び倒してて。
正直、コイツは女じゃなかったら張った押してるって思った。口元がピクピクする。妙に癇に障る女だと認識した。
そう…今の俺は何も分からなくて一からの「認識」の状態であって、まさにズーニンの法則に乗っ取ってる。
第一印象は最初の4分で決まるって法則にな。この女は間違いなく記憶があったとしても嫌いなタイプに違いない。

「大体ね、記憶ぶっ飛ばすんなら性格も一緒にぶっ飛ばせって話よ!」
「ああん?んなことてめえに関係ねえだろ!」
「関係あるわよ。私、同じ生徒会で副会長やってんの。アンタの尻拭いよ!」
「んなこと頼んでねえだろ。第一、てめえに尻拭いさせるような失態を俺はしないはずだ!」
「何おうっ?毎度毎度書類作成してんのは一体誰だと――…」

ああ?続きを早く言ってみやがれ!
と言おうと構え、見た女の目線の先、そこには気付かなかったがもう一人の女の姿。

「ゆ、祐希ちゃん!」
「何よゆい。コイツ、私たちの恩も忘れてるのよ!」
「わ、忘れたくて…その…忘れてるわけじゃない…と思う」

随分、影の薄い女だ。ずっと横に居たのかよ。ご丁寧に俺のフォローをしてくれようとしてんのか?
そんなことを思いながら見たソイツの顔…何だ?妙なものを感じる。違和感っぽいような、何かこう…引っ掛かる。
どう見ても俺と深く関わりがあったようには思えねえ存在だってのは確かなんだが、首を、捻らずにはいられねえ、ような。

「……お前、名前、なんだ?」
「はあ?笹川祐希だって何度言えば――…」
「てめえじゃねえよ!そっちのだ!」
「わ、私…っ?」

そうだ、と頷けばキョロキョロっと周囲を見渡した後で小さく呟いた名前。志月ゆい、か。
やっぱり聞き覚えなんざこれっぽっちも無くて他のヤツらと同じだ。全然ピンッと来るようなものはない。感じない。
だが…不思議と首を捻らずには居られねえのは…その何とも言えない間があるから、だろうか。
お世辞でも美人とは言えないが、そこそこ穏やかな雰囲気に包まれた彼女は美人でないにしても可愛いものはある、と。
とてつもなく客観的に見てみるが…何かを思い出すわけじゃねえ。だが引っ掛かる。何だ?この感覚。

「お前、俺の妹でも姉でもないよな?」
「は、はいい?」
「血縁関係は……なさそう、だな」
「なっ…あるわけないです!」

完全にキッパリ、有り得ないと言わんばかりに否定されたんじゃ少しばかりムッとしたが、それは間違いないらしく。
だったらクラスメイトか?と聞けば首を振り、生徒会なのか?と聞けばまた首を振り、だったら俺との接点は?と聞けば…
あまりないと言う。強いて言うならばこの煩いヤツが繋がりで少しばかり顔を知ってる程度、のようだ。

「跡部…アンタねえ」
「てめえは黙ってろ」
「ゆ、祐希ちゃん」

今にも殴りかからんばかりの煩いのを押さえてる彼女。何だろう、コイツは…コイツは。
マジマジと眺めても何も浮かびはしねえが何かが引っ掛かる。それはそれは気持ち悪いくらいに引っ掛かるんだ。

「志月、だったな」
「は、はい!」

覚えたばかりの彼女の名を呼べは返事が返って来る。それも酷く驚いた様子で。
普段、接触があるとしたらそう呼ぶんじゃねえのかよって話なんだが、今はそこには触れずに置いといて。
呆然としている彼女にする最後の質問。ここまで引っ掛かるんだ。コレの可能性も…無くはない。


「お前は俺の女だったか?」


……この言葉にはどうやら魔法を掛ける作用があったらしい。
二人とも目を見開いたまま、言葉もなくただ驚いて俺の顔を呆然と見ていた。どうやら…勘違いのようだ。
だが…それでも不思議と引っ掛かる感覚がやはり拭い取れるものではなくて、何処かが反応して気持ち悪い。

だから、言ったんだ。


――いいか。お前は出来る限りでいい。俺の傍に居ろ。と。




2009.01.30.
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