LA - テニス

TITLE SERIAL
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私たちは共に同じ部屋で生活を始めた。

何とも言えないくらいオンボロで狭いマンションにあの跡部景吾が出入りしていた。
この事実だけでも結構衝撃的なことだと思うけど、今度は一緒に暮らし始めたとなればもっと凄いことで。
今、私のベッドを背もたれに14型のブラウン管のテレビを観ている景吾は何とも言えず可愛いと思う。

「……何か面白い番組でもあった?」
「あるわけねえだろ。俺様がアンテナ引っ張ってやる」
「ふふ、引っ張ったら追い出すわよー」
「……」

惚れた弱みってやつなんだろうか。此処に荷物を持ち込む時もそうだった。
無駄に大きな家電製品を持って来るとかいう話になって、置けないし住めなくなるから止めてと言えば従った。
ベッドも自分の部屋にあるもの(キングサイズ)を持ち込むと言い出したのを却下しても…彼は怒らなかった。
他にも色んなものを置こうと試みたようだけどあえなく却下されて、結局持って来たのは着替えくらい。
彼専用のショーケースを買って帰ればそれはそれは物珍しそうに眺めてたっけ。何故半透明なんだ?とか言って。

何でだろうね。此処に来たことで不自由なことしかないはずなのに彼は何も文句は言わない。
洗濯物を干してと言えば真剣に干してくれる。畳めと言われたならばまず畳み方を教えろと言った。
買い物だって適当なスーパーに行くわけだけど高級食材なんかは買おうとはしない。というより…質が良くないらしい。
それでも、それが分かってても私の料理は変に感心しながら食べてる。この間は味噌汁に入れた「ふ」について聞かれた。

「ねえ景吾」
「あーん?」
「コレの殻剥き手伝って?」
「……どうするんだ?」

別に…私でなくても良かっただろうに、こんなことをするくらいなら。そういつも思う。
自分に合わせてくれる女性なんて星の数以上に居るだろうし、こんなこと自分でしなくても誰かを雇うことだって出来る。
それなのに何でそれをさせない私の傍に居て、こんな風にブラックタイガーの殻剥きなんてしてるんだろう。

「あ、尻尾の手前までだからね!」
「何故だ?」
「尻尾を残しておくためよ」
「そうか…」

こんな下らないことをさせてるのに目は真剣そのもの。綺麗な指がしなやかに動いている。
あーこんなことしたことないんだろうなーって思いながらマジマジと見てしまう。だって剥き方がヘタなんだもん。
それが何か可愛らしくてたまらない。決して不器用ってわけでもないはずなのに不似合いと言うか何と言うか。

「……何が可笑しい」
「いや、何だろう…何か景吾が可愛くって」

突如として現れる害虫たちに驚く景吾、洗濯物を干して畳む景吾、こうやって殻剥きなんかをする景吾…
全てが新鮮で全てが愛おしく思えるのはきっと過去を知るからだろうか。それとも彼自身が愛おしいからだろうか。


「……ねえ景吾」

可愛い発言の後に少し面白くなさそうな顔をした景吾に私は問い掛ける。
自分に合わせてくれる女性なんて星の数以上に居る。尽くしてくれるたろう女性だって星の数以上に居る。
私は少しだけ違って、あくまで平等を望んでいる。持ちつ持たれつ、支えながら支えられるような関係。

「このままずっとこんなだけど、いいの?」
「籍さえ入れさせりゃ殻剥きぐらいはしてやるよ」
「……それって籍入れるまでしかしないってこと?」
「お前が望めばエビでもカニでも何でも殻剥きしてやるよ」
「……いつまで?」
「死ぬまで、な」


――それくらい惚れ込んでんのをいい加減分かれ。


バリバリと二人で音を立てながらやってる殻剥きの途中、ムードもクソもない時に言わせるなと景吾は言う。
馬鹿だよね。その平穏な日常生活で言われる言葉だからこそ、こっちは嬉しいのに、ね。



ぞっこんな5のお題
(ちきしょう、可愛い奴)



リクエストにお応えして、短編連載「3年8ヶ月」での番外編にて。(090530)
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