LA - テニス

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正直、何も変わってなんかないと思った。
何とも言えないような顔の角度から人を見つめてニヤリと嫌味を放つかのように笑うその姿。
これで腕組みでもしていたならば間違いなく目の前で溜め息を吐いていただろうと思う。
作り掛けていた笑顔が瞬時に凍って引き攣ってる気がする。てか、何でそんなとこにアンタがいるんだって話。

「よお、久しぶりじゃねえかゆい」
「……気安く名前呼ばないでくれる?」

ほーら皆引いたじゃない。相も変わらず空気とか読めないのかこの男。
いや、正確には読めてる空気を凍らせたり、わざと壊したりするのが好きな男だったわねコイツ。
中学時代もそう、厳粛な入学式で突如意味不明な発言を壇上で述べて誰もが絶句させたのもコイツ。
涙を流す卒業生たちの目の前で、これまた意味不明な発言をしてドン引きさせたのもコイツだった。
後にも先にも此処までインパクトを植え付けてったヤツもコイツだけで、未だに話題性も高い。勿論、笑い話で。

「え?ゆい知り合い?」
「……知り合いって程でも、ねえ」
「俺様に聞くなよ」
「アンタが先に話振ったようなもんでしょ」
「知らねえな」

フンッて鼻で笑って適当に席に座ったヤツを見て、友達が私に聞いて来ることは…そう昔と何一つ変わらないこと。
「ねえ、物凄くイイんだけど彼」とか「後で彼のこと詳しく教えてよ」とか。とりあえず彼、みたいな。そんなことばかり。
何でまたこんな場所で再会とかしちゃうかな…ってげんなりする。3年以上だろうか。こんなこと無かったのに…



3年8ヶ月
-空白期間-



「跡部さんってその若さで専務なんですか?」
「凄いですよね。優秀有能ってカンジ」
「しかも物凄く素敵で…非の打ち所がないですよね」

……角砂糖に群がった蟻を思い出した。
いや、昔から見慣れた光景でコレに関して色々言うつもりはないけど…他の人、冷めてますよ?
「ああ、やっぱコイツ連れて来るべきじゃなかったな」くらいの表情で必死になって自棄酒かましている人たちの中、
私は私で出て来た珍しいものを延々を食べているわけだけど。うん、初の合コンにして失敗で溜め息出る。

同期の子たちに頭下げられて人数合わせで来た合コン。何でも一流企業の皆々様で「将来は左団扇」みたいな。
若きエリートを集めたもんだから下手に一人余りが出来ない状況だから!て言った割に…コレですよ、コレ。
一人余りどころか一人を除く全員が余っちゃってますよ?ねえ!みたいな。本当に女性って凄いよね。馬力あるわ。

「天は二物を与えないっていうけど…跡部さんは別格みたい」
「これだけ素敵だときっと恋人は――…」

きゃいきゃい黄色い声を聞くのも久しぶりな気がするけど、そろそろ聞き飽きてシャットダウンして。
頭を抱えながらこの場では止めておこうって決めていたはずの煙草を取り出せば、他の皆さんも煙草を吸い始めている。
ねえ、知らないだろうから心の中で叫んでおくけど…溜め息吐いて暗い顔して煙草を吸う人ってストレス溜まってる人だよ。
もしくは確実に退屈しちゃってるか、ドン引きしちゃってるか…とりあえずつまらないから吸うことが多いんだよ。
角砂糖に群がる蟻たちを見ながらまた溜め息を吐けば、目が合ったその他大勢さんも何故か頷いて…

「分かりきった結果だよ」
「……ですよね」
「あの風貌で専務って時点で俺らは負け組だよ」
「……胸中お察しします」
「でもま…一人でも群がらなかっただけ幸運だな」
「えっと…有難う御座います」

黄色い声の中、本当に近場だけで響くくらいのこの会話。通夜か、くらいの勢いしかない。
グラスと煙草と苦笑いと。本当にどんな組み合わせだよって言いたいくらいの何とも言えない空気の中でしれっと乾杯する。
「定時までとりあえず飲もう」と音頭を取った人は正直素直だと思った。とりあえず飲むしか出来ないから。

「君、専務の知り合いなんだね」

知り合い…知らないとは言えないから頷いておいて、単に高等部までは同じだったことを話しておく。
あ、いや、大学も専攻こそ違えども同じだった。ただ卒業は私が2年早くしちゃったんだけど、短期だったからね。
だから関わりがあったとすれば高等部までだと思う。大学部ではほとんど見る機会も無かったような、そうでもなかったような…

「同期にあんな優秀なの居たら本当にやるせないよ」
「まあ…同級生にあんなの居て大変でしたから気持ちは分かります」

毎日が騒がしくて乱闘騒ぎでもしてんのか?くらいの勢いがアイツの周りでは日常的に繰り広げられてて。
火の粉だけは浴びたくないと思っていたのに何故か生徒会に入らされたのは今でも憎い。殺気浴びて生きたようなもので。

「単独出世型、俺らには真似出来ないね」
「でも…アレですよ。後ろ盾が…」
「いや、後ろ盾なんか無くても彼は出世してたと思うよ」
「天は二物を与えない…本当に嘘だと痛感するな」
「はあ…」

分裂しちゃったテーブル内、酒と煙草と交互に口にしていく跡部の同僚さんたちは溜め息を交えつつも跡部を褒める。
こういう時ってどんな言葉を掛けていいのか分からず、私は単に相槌を打つだけ打って箸を珍しいものに向けていくだけ。
絶対無理だと思っていた企画案を相手好みに仕上げるのは跡部、大手取引先との契約を最終的にまとめるのも跡部。
語学堪能を生かして海外での取り組みを積極的に行うのも跡部…跡部跡部跡部の言葉に少し苦笑い。
こんなことに来てまで跡部の武勇伝とか聞かされるとは思ってもみなかったのに。

「けどさー」

決してスローではないペースで飲み続けていらっしゃる人たちの中、顔を赤くした一人の男がぼそりと呟く。

「彼女が居ないって点だけは俺らと同じなんだよなー」
「そうそう、モテるんだけど独り身」
「声掛けられても首は絶対縦に振らない」
「へ、へえ…」

……そりゃ学生時代にここぞとばかり遊んだ結果です、なんて言えない。
どんだけの量の女子学生が群がり、泣かされて青春を過ごされたことか…いや、知らぬが仏なんですが。

「でも興味がないっていうより一人を想ってるカンジするよな」
「はあ?」
「常に真っ向勝負だから、そういうのだけは――…」

新しい煙草に火を点けて口にするかしないかの手前、ぴたりと動きの止まった彼らに何だ?って思ったけど、
その理由は手にしていた煙草がすーっと奪われたことで何となく分かった。

「お前、いつから煙草なんざ吸うようになったんだ?」
「……当然だけどハタチ越えてからよ」

いつの間に背後に来たんだか…とりあえず点けて間もないから返せと催促するも一口含まれたんじゃもう要らない。
新しくもう一本出そうかと思えば今度は箱からライターまで取られたもんだからでっかい溜め息を吐いてしまった。
あのね…煙草も値上がりして大変で、ライター買うのも面倒だからカートン買いしてようやくゲットしてる貴重品よ。
横から奪ってくのは止めて。アンタだったらポケットマネーで山ほど買えるでしょうが。

「百歩譲ってスーツと濃い化粧はいいが、煙草は似合わねえよ」
「……譲ってくれなくても結構」
「ハッ、相変わらず可愛くねえの」
「お褒めの言葉として受け取るから返して。生活苦ながらに買ってんのよ」

ほれほれと手を振るものの「濃くなる化粧品ばっか買うから生活苦なんだろうよ」とか言って返す様子はなくて。
向かいに居た人が不憫に思ったのか、一箱譲ってくれるっていうもんだから手を伸ばし掛けて…弾かれた、弾かれた!

「アンタねえ――…」
「そうか、募る話でもあるなら聞いてやってもいいぜ?」
「はあ?んなこと私は一言も!」

何勝手に話進めて……って、何で立たされて強制的に移動なんぞさせられてるんだ私は!
さっきまで群がってた蟻はどうした、蟻は!って視線を流せば何とも言えない表情で私を見てるんですけど…!
助けを乞おうにも乞えない顔されてんじゃないですか!しかも、目の前の男性集団もまた…驚いて声も出てない。

「此処の会計は俺が全て持つ」

ぐいぐい手を引かれて慌ててバックを持ってパンプス履いて…たまたま通り掛かった従業員さんに請求書を回すよう言って。
確実にワケ分かんない方向歩かされてる。食べ掛け、飲み掛け、煙草も取られたまま、貰わないまま。

「ちょっと跡部!」
「いいから黙ってついて来い」

何処まで俺様やってんだ!そんなとこも相変わらずで変化がないとかもうある意味凄いでしょ。
まだ人の多い街並みをその俺様に手を引かれて歩く。行き先は不明、連れ出された理由も不明。何がなんだか分からない。
それでも無理やりに連れ出されている事実だけが私の中に残されていた。



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