LA - テニス

TITLE SERIAL
15ページ/54ページ


出逢うべき人 01



何がどうなったのか分からないまま、気付けば私の肩書きは「マネージャー」となっていた。
テニスのことなんて何も知らなくて、ましてや此処のこと自体もよく知らない私をよく起用したもんだと心底思う。
何ともまあ怖い顔した監督も、無表情で何を考えているか分からないあの部長も…

「志月を一回、向こうまで連れて行ってやる」
そう言った平古場くんの力なんだろう、とは思ってはいるけど…今の状態では足手まといにしかならない。
いや、努力はしようと思ってはいる。だけど出来ることは本当に限られてて、ルールを覚えることから始めてて。
いいのかな?と思いながら過ごしているうちに九州大会が終わってしまった。何も出来ないままに…


「さーすが比嘉中だばー」
「てか、ヤマトンチュの奴らは弱いーなー」
「……余計なことは言いなさんな。ゴーヤ食わすよ」
「なあなあ、今から中洲の屋台行こうぜー」
「ダメですよ。明日の一番には帰りますから」
「んなこと言うなって木手。志月も福岡の街、歩きたくね?」
「志月に話振るなって、凛がヤキモキするさー」


あれから数ヶ月が経っていた。
平古場くんとの騒動があったのが5月だったから…大体2ヶ月くらい経っただろうか。
未だに慣れることのない生活と会話と、未だに教えて貰えない言葉の続き。
「わんが必ず連れてくから、その時は――…」の続きは、波の音が攫って行ったまま。


「……オーイ、志月?」
「え?」
「やぁはまーたボーッとしてたさー」

ひらひらと私の顔の前で手を振る平古場くんの横にはいつも笑ってる皆が居た。
テニス部のメンバー。さすがに顔と名前は一致するようになって、会話はまだよく分からないところも多いけど…
馴染んだような、馴染んでないような…皆は気を遣ってくれてやっぱり優しいんだけど。

「あ…ごめん」
「その様子だと会話聞いて無かったろ?」
「何の?」
「良かったですね、平古場くん。聞き流さ――…」
「かしまさい!」

九州大会での比嘉中の成績は優勝。今は誰もが喜んでバスを待っているところだった。
沖縄から本土は福岡へ。此処が大会会場となった地で沖縄の中心部より少し都会で皆はしゃいでた。
昨日の夜なんかその…中洲?ってとこに行きたいと叫ぶ声が私の部屋まで響くくらい。
お陰で木手くんが頭を悩ませることになって…持参してたゴーヤを突きつけたとか突きつけてないとか。

「志月は福岡でどっか行きたいとこないか?」
「……特には」
「ほら、彼女がそう言うんです。ホテルに直帰しますよ」
「え?」

と、私が周りを見た時には「あーあ」という声が響き、丁度やって来たバスに乗り込んでいくメンバーたち。
え?私の一存で決まることなの?と動揺すれば木手くんが「貴女のお陰で助かりました」と言って肩を叩いた。
その所為で余計に動揺していれば田仁志くんと知念くんが私の横を通り「木手の作戦さー」「気にすんな」と言う。
全く以って不可解な会話の中、どうしようかと考えたものの…本当に此処で行きたい場所なんて思い浮かばなくて…

「志月は何も悪くないから乗れって」

笑いながら平古場くんまでそう言うけど、何が何だかサッパリ分かったもんじゃなくて。

「でも…」
「やぁが行きたい場所は九州じゃなくて全国、だろ?」
「え…?」
「それを知ってて永四郎は敢えて聞いたのさ」

「此処で行きたい場所なんて無いって言わせたくて」と、平古場くんはそう言って私の背を押し、バスへと乗り込ませた。
彼は笑っていたのに、私はズキリと胸が痛んだ。「やぁが行きたい場所は九州じゃなくて全国、だろ?」そう、間違ってないのに。


皆、知ってること。何故、私が平古場くんに推薦されて役にも立たないマネージャーをやっているのか。
スパイをしているわけでもなく、スパイになるわけでもない私が何故、わざわざ今頃こんなことをしているのか…
誰だって知っていて、それでも何も言わずに笑っている。笑って、私に接している。
悪く思うなら私は…単なる付属として、皆を利用して…前の学校のある土地を目指しているだけなのに。

「志月を一回、向こうまで連れて行ってやる」
この優しい言葉を利用しているだけの私。良くして貰う意味などないのに。


バスに揺られてただ呆然と窓の外に見える街並みを眺めて、バスの中の賑やかさとは裏腹に落ち込む自分。
心に残るは過去の思い出。断ち切ることが出来なくて馴染めない今。
それを皆分かってて、それでも…とするその優しさ。やっぱり最初と変わらなく胸が痛くなる。変われない自分が、嫌になる。

「……志月?」

自己嫌悪に陥るようになった。マネージャーというものをカタチだけでも始めてからというもの。
皆に優しくしてもらう度に、どんどんそれを上手に受け止められない自分に嫌気がさしていく。

「車酔いか?」
「ううん…大丈夫」

沢山のモヤモヤが私の中にあって、それがうまく処理出来なくて、うまく順応出来ずにいて、ただそれだけ。
それは言うべきことじゃないから口にせずに笑って首を振るけど…誰も納得する人なんか居なくて。
「大丈夫」ともう一度告げて、私はまた静かに窓の外を眺めた。


ホテルに辿り着けば一切の外出を禁止され、皆は各自の部屋へと戻って行った。
私は当然、皆とは別の部屋。監督同様に個室で一人、荷物を適当に置いてベッドに寝そべっていた。
明日には沖縄に戻って…そして、彼らと共に全国大会へと足を運ぶことになる。懐かしい、人たちに会うために。
それは…彼らにはどんな風に映るのだろうか。それで…何か変われるのだろうか。

――トントン。
扉の外側で誰かが私の名を呼んでいることに気付いて近づいてみる。

「……誰?」
「俺。凛だけど…」

ゆっくり扉を開けば、そこには平古場くんの姿。一人しか居ない。

「どうかした?」
「いや…裕次郎が、こんなの持って来てて…」
「……明太子味?」

ああ、福岡のご当地土産に明太子があったような…でもその味をお菓子にするのはどうかと。
平古場くんが持って来てくれたのはそんな雰囲気漂う少しチャレンジ的なもの。
少し挙動不審にもそれを差し出しているところを見ると、何かの罰ゲームみたいに思える。

「おう。ホテルで売ってあったらしくてよ。ほんで志月にお裾分け」
「有難う…あ、中入る?」
「い、いや、それは、なあ」
「そう?」

よく分からないけど動揺してる平古場くんに首を傾げていれば、彼はそれを私に手渡すだけ手渡して逃げた。
あっけに取られてしばらく呆然としたけど…考えてもよく分からないことみたいだから考えるのを止めた。

貰ったお菓子は一度テーブルの上に置いて、そしてまたベッドに寝そべれば悶々と何かが浮かぶ。
私は…何のために此処に居るのか、何も出来ないのに何故此処に居るのか、此処で一体何がしたいのか。
人の優しさに漬け込むようなことをしている自覚があって、それでいて罪悪感が拭えなくて。

「向こう行って、ウチナーの良さを実感させてやるさ」
私は、今の仲間と共に本土へ渡った時に何か変われるんだろうか。

この舞台まで何となしにやって来て、何の苦もなく私は向こうへと渡れるんだと初めて実感して…
ただ漠然と迫るもの。漠然とした先。急に色んなものが恐くなった気がしたんだ。






開催地が福岡かどうかは不明ですが…
とりあえずはシャバ的なんで出してみました。博多の森テニス競技場予定で(笑)

2009.03.02.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ