LA - テニス

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夕暮れから夜に変わる時間帯、サーファーだったら誰だって知ってる危険時間。
一人で遊泳は危ないから止めろって言われてっけど、わんはそれでも一人でこの海に居た。

海の天気は変わりやすくて気まぐれで、ただ海面に顔を付ければ吃驚するくらい穏やかな世界。
水の中は確かに冷たくて時期は地上とは少し遅れて変化するもんだから4月、この時期はまだ冷たさがある。
それでも日課にも習慣にもなったコレは簡単に止められるもんじゃなくて…今日も一人、此処に居た。

此処の海は地形的に見ても波はそう高いのは来ないで有名で、自信のあるサーファーは絶対来ることのないスポット。
そこに居て波に向かってくわんは結構サマにならないらしく、ある意味有名になってるらしかった。
けど、わんは敢えてこの場所を選んでパドリングを続ける。今はもう、昔の目的も意味も捨てちまったけど、それでも――…

月夜が真っ黒の海を照らす。
限界を意味する色になる頃、何とも言えない感覚を持って浜に戻れば…防波堤の上、誰かが居た。

サーフィンをやる人間はまず最初に礼儀が大事だと教わる。次に挨拶、次に清掃…まあ当たり前なことだけどさ。
知ってる人もそうでない人も、何かあれば助けたり助けを求めたりする環境だ。大事にしなきゃいけないと先輩に教わった。
だから…声を掛けようと思ったんだ。それでなくても暗くなって危ないわけやし、一声掛けてやるのも義務、みたく思えた。

「……」

けど、わんには出来なかった。
ぼんやりと浮かぶ白い肌、着てる服は雑誌から出て来たみたいなもんでウチナーではあんま見掛けない。
ヤマトンチュの人間だっていうことはすぐ分かったけど、その表情には色が無くて覇気もない。観光とかじゃ、なさそうだった。

防波堤の上、立ち尽くして真っ黒な海を眺めてた。
後になって分かったことは彼女は神奈川から来た子で、物静かな女の子だってことだった。




「凛、やったな。お前のクラスらしいじゃん」
「おー。けどな、愛想ない。ちゅらさーなんだけどなー」

4月の始業式。その前から噂では聞いてた。ヤマトンチュからの転校生。親の都合だってこともみーんな知ってた。
ウチナーはあれさ、誰かが誰かと繋がってて情報はすぐに漏れる。今回もどっかの親が言ったんだろうよ。
他所から一家で越して来るってさ。家族構成なんかも会社だったらすぐ分かるってもんだからな。

「あい?凛にしちゃ随分控えめなんだな」
「は?」
「ちゅらさーだったら喜んで声掛けるだろ?」

まあ…裕次郎が言うことも一理アリ、てか。そりゃ声は掛けた。誰だって一度は声掛けてたさ。
けどな、相手が男だと物凄く困った顔して「ごめん」しか言わない。どうも言葉が分からんらしくて会話が成立しねえの。
女は別みたいでチバリよる気はするんだがな、それでも時折「え?」て、ちっちゃな声で聞き返す仕草がよく見られた。
そんな姿見せられたらなあ…あ、言葉分かるまで自粛しようか、みたいな。そんなのになってもおかしくねえだろ。普通は、普通は…な。

わんは、そんな理由なんかじゃない。

「……何だろな。声、掛け辛いさカノジョ」
「お?何だあ、意味深じゃんよ」
「なーんかな。辛そうさ。孤独、みたいでさ」

何となく、分かったんだ。同じような目をしてたと思う。分かってて、それでもどうしようもない、そんな感情のある目。
同じじゃなくても似たもんがあるんじゃないかって、気付かされる目を彼女はしてたんだ。
それは…初めて此処で会って、最初に会った時に感じた「何か」と繋がって…わんは遠目にしか見れなかった。

「おーソレ、前の凛みたいじゃん」
「はあ?」
「凛も最初は孤独背負ったアンニュイな美少年だって言われてたなー」
「はあ?アンニュイって何だ?」
「そんなの俺に聞くなって」

ま、裕次郎の話はさておいても…わんには何も出来ない。最初はそう思ったんだ。
何つーの?人の心ってのは十人十色、必ずしも同じってわけじゃないもんで似ては居てもやっぱ違うくて。
彼女は、触れて欲しくなさそうだと感じた。だから最初は…勝手に変わることを望んだんだ。




それから数週間くらいだろうか。彼女は友達が一応出来たらしい。
少しだけ笑うことが出来るようになって、少しだけ言葉分かるようになったらしくて、でも…楽しそうじゃなかった。
毎朝、海を眺めながら登校してる姿を見てたんだ。つーか、たまたまわんが入ってる海の前を彼女が通るから。
それで彼女を見ることが多くて…それで、やっぱ気になる目をしてた。

物憂げで、今にも泣きそうで、何かの拍子で海に飛び込んじまいそうな…そんな目。
わん視力はイイからな。それが浜越しにでも分かるくらい彼女の顔は色を失ってたと思う。それが痛かった。

校内での彼女は少し馴染んだかのように見えて、浮いた存在みたく思えた。
どんなに女子が誘っても首を横に振って弁当は誰も居ない場所で取っていたのをわんは知ってた。
今の時期でも気を付けないとヤバイ紫外線の下に彼女は決まって居て、窓越しに俺はその姿を見ることがあった。
声…掛けたかったけど、やっぱ何か声掛け辛くて、ただ見てるだけ。勇気ねえのな、こういう時だけ――…

「……ああいう子がタイプですか?平古場くん」
「のわ!」
「分かり易すぎですよ。精進なさいな」

タイプとかそんなんじゃねえし。永四郎にそう怒鳴り散らしたとこで涼しい表情で「そうですか」くらいしか言わない。
それがここ数年の付き合いで分かってるから何も言わずにいれば、何処かフッと表情を緩めた。

「彼女…昔の平古場くんを思い出させますねえ」
「は?」
「だから気になるんじゃないですか?」

タイプはタイプとしてさておいてもね、と永四郎が余計なことまでプラスしたことこそさておき。
裕次郎も…似たようなことを言ってた。昔のわんと彼女が重なるとこがあるって。
……やっぱ、そうなんだろうかって、何となしにそう思ってそれが全ての始まりになった気がした。




朝、浜越しに見る彼女は本当に色が無くて覇気もない。
本当に笑った顔を見たことがない。愛想笑いとかじゃない、本当に笑った顔。
出来れば笑って欲しいさ。思っているほど、此処は居心地の悪い島じゃないから。
わんがそう思ったんだから…っていうのも変だけど、それでも分かって欲しい。気付いて欲しい。

それが本当に全ての始まり。彼女に声を掛けようと決めた、全ての始まり。
それが…わんの恋の始まりとも知らずに物語は始まってたんだ。



ストーリー(090302)


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