LA - テニス

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哀しみの終わり



時間が、どれほど経ったのかは分からなかった。

「……大丈夫、か?」
そう耳に入った時には顔なんか上げれないほどにボロボロになっていたと思う。
声を殺して泣いているのに気付いてか、声を掛けてくれたのはきっと…あの人だと思った。
膝の隙間から見えるは黒のウエットスーツ。その横には派手なペイントのあるボードで…遠くから見ていたのと同じもの。
それに気付いたら…最後だった。どんどん押し寄せてくるものは抑えられなくて、どんどん溢れ出して。

勝手だった。勝手に自分と重ねて、勝手に同情して…そんなの、本当に勝手としか言えないのに、泣いた。



「永四郎に、泣かされたか?」

顔が上げれないほどに泣いていると知って、すぐさま逃げることだって出来たはずだろうに…彼は横に座り込んでいた。
少し距離はあって、だけど気配を感じるからやっぱり顔は上げられなくて。声だって…出すことも出来ずに首を横に振る。
「泣かされたんじゃなくて、勝手に泣き出しただけ」「その永四郎なんて人、泣かされるほどの知り合いじゃない」
そういう意味を含めて首を振れば「そか」と小さく言葉が返って来た。とても、小さな声だった。

「アイツと仲いいのか?」当然、返事はNOだから首を振る。
「学校は…行かなくて平気なのか?」それもまた返事はNOだから首を振る。

ポツリポツリ。言葉を選んで掛けてくれているのか、とても小さな声で戸惑いながら…泣き止むのを待ってくれているように思えた。
此処の人特有の優しさ。私が苦手とするこの優しさ。やっぱり、胸が痛くなる。
その所為でまた溢れるものはあって、泣き止まないとこの人も帰れないと分かってて、それでも、止められなくて。

「……わんも、最初はよく泣いたな」

俺、目の前にある島が地元で小学校しかなくて…中学入学と同時にこっちに一人来たんだ。
最初の頃、同じようなところに居るにも関わらず向こうの地元が恋しくてよく泣いた。
帰れるくらい近かったのに船は1本、時間帯は真昼、どう足掻いても乗ることが出来んかった。


ポツリポツリ。言葉が並べられていく。


「だったら自分で行くやっし!って…頑張ったけど届くわけないな」

海は荒れる。思ったより遠い。体力考えてボードの力借りようにも波は大きい。
近くにあって遠くにある。皆最初は止めた。笑うヤツも居た。それでもわんは…自分で行きたかった。

「笑うか?」

笑うことなんか出来ない。
だから首を横に振る。本当は…分かってる。それでも足掻いてる。その気持ちはきっと…変わらない。

「やぁの気持ち…きっと似てると思ったさ」
「……え?」
「あの言葉、自分にも言い聞かせた言葉、だった」
「え?」

真っ黒のウエットスーツ、派手なボードを片手に中途半端に肌を露出させた人。

「平、古場、くん?」
「ん?やぁは何驚いてるんだ?」

真っ黒のウエットスーツによく映える金色の髪が風でさらさらと靡いていた。
紛れもなく平古場くんで、自分が今まで泣いていたことも忘れるくらい、突然すぎて涙も止まるくらい驚いた。

「永四郎と話してたんじゃなかったのか?」
「え?」
「こっち見て、話してたから」

一方的には話されてたと思う。海を見て、そこに居た人を見て。
だけど平古場くんの話じゃなかった…はず。少なくとも、そんな風に感じなかった。何も、ただ、話をされただけで…
「彼は俺の知人でね」「平古場くんも、あの島出身なんです」と、同じじゃなかった、同じ人なんかじゃなかった、はず。

「その様子だと永四郎にやられたか?」

ううん、そんなレベルじゃなかった。明らかに、ハメられたの方が近い気がする。
私が知らなかったことに気付いてて敢えてあんな言い方、したんだ。でも……何のため?
平古場くんを、擁護する、ため?でも、この間のやり取り…話したの、かな?そうじゃないと、繋がらない。

もう何が何だか分からなくなっている私に苦笑しながらも、困った顔をしてる平古場くんが居る。
横に座って、でも、いつもみたいな空気は感じない。学校で顔を合わせた時とは違う、別人が、居る。

「わんも、やられたクチ」

派手なボードの後ろ、大きな鞄から取り出したのは携帯電話。それを操作して…おもむろに私に突き付けた。
一通のメール。そこには可愛らしさの欠片も無い端的な文章があった。


――君の大事な子を泣かせた。慰めておいて下さい。


「こーんなメール貰ったら…心配するのが当たり前、だよな?」

そんなの分からない。そう言わんばかりに自分の首が小さく横に振られてるのが客観的に感じ取れた。
また、泣きそうになってる自分が居た。そんな特有の優しさは苦手で、私には不要で、それでもどうしていいか分からなくて。
首を振りながら俯けばポンポンッと、頭の上に感じる大きな掌。

「わんが無神経だったさ。でもな、不便だけど悪いとこじゃないんだ。この島も、此処の人も」

うん、そうだね。とは簡単に言えないけど…それでも大事だったんだ。出来れば、1から過ごしたくはなかったんだ。
大事な人が沢山居て、大事な友達も思い出も、置いて来たんだよ。私は…ずっと抜け殻みたいなもので――…

「それ、伝えたかった」


嫌いなんかじゃないんだよ。この海も、空も、人も、全てを取り巻いて彩る景色も全て。
それでも、私は、残して来た気がするんだ。大事なもの、当たり前だと思っていたもの、全部、全部。


「引き摺るなーなんて思わないさ。でも、こっからも大事にしてくれよな」

差し出された手が見えて、それは手を伸ばせば届く距離にあった。
受け入れられないと思っていたもの、受け入れられなくてもいいと思っていたもの、それが融けてゆく感覚。
右手で彼の手を取れば、此処と同じように温かな体温を感じた。冷たく無機質なものじゃない、温かなぬくもりだった。

「てかさ、もうちょい勘ぐってくれても良くね?」
「え?」
「此処さ。此処。ヤマトンチュの女ってみーんな鈍いのか?」

指差された携帯の画面。照明は薄暗くなって文章もまた少し霞んだものになっていた。
重ねた手は気付けば握られていて、冷たかったはずの私の手が少しずつ彼の温度を奪って温かくなっていく。

「わーった!わん決めた」
「え、な、何?」
「志月を一回、向こうまで連れて行ってやる」
「は…はあ?」
「向こう行って、ウチナーの良さを実感させてやるさ」

本土には絶対負けない、そう言った彼の表情はとてつもなく明るくて、海よりも眩しかった。
この地に多い真っ赤で綺麗なハイビスカス、それを思わせるような笑顔に圧倒されて言葉なんて出なかった。

「わんが必ず連れてくから、その時は――…」


「ついでに言えば人の言うことを聞かない」
そう言った彼の知人の言葉が浮かんで、それは本当だと思った。私は何も言ってなければ頼んでない。
だけど…少しだけその優しさなのか分からないものが嬉しく思えて、少しだけその温度が嫌いじゃないって思えて。
横に振り続けていたはずの首が一度だけ、縦に動いていたんだ。



-哀しみの終わり-
ウチナー…沖縄。
ヤマトンチュ…本土。

2009.02.07.


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