LA - テニス

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切なさの狭間



昼休みの間、私はずっと顔の見えない級友たちと話をしていて、気付けば彼らは姿を消していた。
このまま予鈴が鳴らなければいいのに…そう思いはしたものの当然それは無理ってもんで訪れた会話の終わり。
電話を掛けて来てくれた仁王は「また電話しちゃるけん、そっちでも頑張りよ」と最後に告げて切っていった。
その瞬間、どうにもならないほどの切なさやら苦しさが込み上げて来たのはどうしてだろうか。
「また」って言ってくれたのに、次に繋がる言葉を機械越しでも得ているのに…酷く胸が痛んで張り裂けそうだった。

そう、私はそこに居ない存在になって、全く繋がりの無い場所にいるんだって痛感したんだ。
何処にも属することの無い離れた島で、慣れない体と心を引き摺って、それでも此処に居るという事実。
不意に突き付けられて、思い知らされて……それが胸に響いたことに気付けば涙も出そうになる。
どうしようも出来ない距離。大きな海が邪魔して戻ることも出来ない距離。それは…あまりにも遠すぎる。

午後の授業は上の空だった。どう足掻いても縮まることのない距離について、ずっと無意味にも考えた。
移動手段は二つ。飛行機に乗ること、船に乗ること。海を渡る手段がこんなものしかないなんて…と、改めて思う。
文明は発達しているはずなのに、それらがまるで昔からあるかのように思えるのはどうしてだろうか。
画期的なものなのにそうは思えないのはきっと私が簡単にソレに乗り込めない所為なんだろうけども。

「志月ー!」
「……?」
「盗み聞きとかじゃねえけど思い出した!」
「は?」

放課後になる頃、また勢いよく教室に飛び込んできたのは平古場くんで。本当に…懲りない人だ。
提供出来る情報なんか持ち合わせてないって言ってるし、正直会話だってままならないこと分かってるんでしょう?
頭を抱える。本当にこの人だけはよく分からない。感性とか感覚とか少しも、欠片ほども分かった試しがない。

「昼の電話の相手!仁王!仁王雅治!」
「そう、だけど…」
「テニス部!そいつテニス部!」
「え?そう…なの?」
「あいー知らんかったんか。俺が名前上げりゃ良かったなー」

逆に「ごめん」とか言われてもこっちが困るんだけど。それでも彼はそのことには気付かないみたいで。
正直、仁王がテニス部だったなんてよく知らなかった。いつも教室でダーツなんかして放課後だって…結構教室に残ってて。
あ、でもそんな時に限っていつも血相を変えた柳生くんが覗きに来てたっけ。彼は…そう、テニス部だった気がする。
テニス部…真田くんと幸村くんが強いっていうのは知ってたけど仁王もそうだったのかな。こんな場所まで名前は響いて――…

「真田、幸村、柳、柳生、丸井、仁王、それからえっとほら外人の…」
「ジャッカルくん?」
「そうそれ!やぁはやっぱ知ってたさー」

今にも手を叩いて喜びそうな平古場くんには悪いけど、何か違う。
そりゃ…確かに彼らを知ってはいるけど、だからって全てを知っているとかそういうんじゃなくて、単に知っているだけ。
大体、此処みたいに誰が誰の子供さんだとか何処に住んでいるとか…そういった内情だったり細かいことまでは知らない。
むしろ…知る必要なんか本当は無いんだって、ずっと前からそんな感覚で…いや、そんなことなんか思ったことも無くて。
要は何も知らない。何の情報も持ち合わせていない。興味が無い限りは何も得る必要が無い。

そう…最初に此処に来た時、物凄く驚いたんだっけ。
私は何も知らない誰も知らないのに他の人は知ってて、名前も住所も話したことなんか無かったのに知ってて。
ああ、何でこんなに他人に興味を持ってるんだろう…って思ったんだった。私は何も知らないのに。

「なあ、部長の幸村ってヤツは全国大会出て来るか?」
「……さあ。手術は成功したって聞いたけど」
「ならよ、副部長の真田ってヤツ。しんけん中学生だば?」
「……え?真田くん?」
「教師じゃねえよなー?」
「……それは間違いないよ」

何を興奮してるんだろう。物凄い勢いで会話を連発しているんだけど私には聞き取ることで精一杯で答えはそう出ない。
聞きたいことがパーセンテージで100としたならば、私が答えられているのは相槌プラスくらいの20…あるだろうか。
本当はそんな世間話ではなく、もっと違った何かを知りたいんだとは思う。もっと役立つ何か、それを知りたかったんだと。
だけど無理。本当に何も知らないんだ。私、疎いんだよ運動苦手だし。テニスにもそう興味はないし…

「やっぱ強いーだろーな」
「……ごめん」
「ん?何謝ってんだ?」
「私、本当にテニスのこと知らない。だから何も分からないから」


居もしない場所の話題で私と関わろうとか、前に居た場所でのことを私で探ろうとか、そんなのやめて。

どんどん、知らしめられていくんだ。どんどん「居ないんだ」と認識させられていくんだ。
繋がりなんてたった一本の電話くらいしか無くて、海も越えられない、陸も見えてこない、何もない。
そんな場所に居るのだと思い知らされるんだ。聞かれれば聞かれるほどに恋しくなる。海の向こうの大陸が。
何もかもが違う、向こうの生活に焦がれて…焦がれて。泣きそうなくらい、戻りたくなるんだ。


「……志月」
「もう、関わらないで」

いつになくきっぱりと吐き出された言葉。全てが本音だった。
教室には私と彼以外に誰も居なくてシーンとなってしまって居心地の悪い空間になったけど構わなかった。
聞かれても聞かれても答えることなんか出来ない。思い出すことはあっても…それが逆に辛くて、苦しくなる。

「関わらないで、欲しい」

分かってる。物凄く酷い言葉を投げ掛けてるんだってことも、彼に悪気も悪意も何も無いってことも。
だけどそんな分かっていることですら理解出来ずにいるの。それくらい抑えられない、途方も無い願いが、消えない。
いつまで経っても消えない。未練として強く残されてて…断ち切れない。

「……嫌だ」
「え…?」
「やぁに関わらんとか…それこそでーじありえん」
「な、何で…」
「いつまで引き摺るつもりさ」

目の前に、自分の知らない人が居るようだった。
嫌になるくらい能天気に笑って走り寄って来ていた平古場くんじゃない。全く違う顔が目の前にはあった。
さらさらと風に煽られて靡くはずの髪が、何処か震えるように揺れている。

「いつまで引き摺って暮らしていくつもりさ。もう本土さ戻れんことくらい分かってるだろ?」
「なっ」
「前見て歩き出せよ。いつまでもいつまでも…このまま過ごす気か?」
「そんなの…平古場くんには関係ないじゃない!」
「関係あるさ!嫌でも……関係ある」

それはこの地独自の優しさから出ている言葉でしょう?皆、本当に優しいもの。
でもね、その優しさは痛いの。私にとって…刃でしかないくらいに痛いの。今の私には棘でしかないくらい痛いの。

「私の気持ちも考えずに出しゃばらないでよ!」

自然に零れる涙があった。このどうしようもないことが悔しくて、悔しくて初めて泣いてた。
此処へ来る前も何度となく泣いて、私の涙は枯れ果てたと思っていたのに。涙は精製されるものだと思った。

「志月…」
「諦めたくないのに諦めさせられた。どうしようもない。そんなの私が一番分かってる!」
「……」
「それでも……引き摺って何が悪いのよ!」

簡単に忘れられるほど短い期間なんかじゃなかった。ずっと同じところに居た。
友達だって確実に向こうの方が多くて「高等部も一緒に…」って昔から約束だってしてた子も居たの。
変化なんて無いと思ってた。変わらずに居られると思ったらコレ。たった一年、その期間で同じものは作れないのよ。

「……志月!」

思いっきり叫んで、そのまま走り出していた。
陽はまだ昇っていて原色で散りばめられた世界が視野に入ったけど、それは私にとって暗闇と同じ色でしかなかった。



-切なさの狭間-


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