LA - テニス

04-06 携帯連載
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自分が封じたかったモノ

それは感情ではなく、過去だった…




 形 08




苦痛じゃなくなっていく自分。

追い詰める自分もいなくなっていく。

不思議なくらい穏やかに、不思議なくらい静かに

癒されていく…



気付けば、私の周りには人がいる。

嫌がらせが本当になくなって…

跡部と付き合っている事実。

これが公認となった、忍足君はそう言っていた。


キス、された唇は今でも感触を覚えている。


「志月?」

「…向日君?」

「ボーッとしてるぜ?」

私を気遣う彼の目線にぶつかる。

彼だけじゃない、他にも数人の視線を受けていることに気付く。

「…大丈夫…です」

「そっか?でもよ…」

言葉では足りない。

私の言葉だけでは「大丈夫」だとは判断されていない。

私は大丈夫。

だけど、それを伝えるためには…?


「…大丈夫だから」


昔、誰かが教えてくれたコトがある。

笑うということは人に安らぎを与え、安心感を与える。

笑顔の人を見たら自然、自分も笑顔になる。

それが力になって、幸せになる…と。

だから、少しだけ笑ってみせた。


「…なら安心した」

「……」

向日君も笑ってくれた。

何か衝撃を受けるほどに、自分の心に刻まれて…

自然に笑える自分、そんなモノが私にあったなんて思わなかった。


誰だったのか…

それは私にはわからないけど、嘘ではなかった。

確かに安らぎを得て、安心感を与えた。


「…ありがとう」


誰にこの気持ちを伝えたい?

自分自身に自問自答して少しだけ考える。


心配をしてくれている人たち

感情を教えてくれた人たち

人形でないと教えてくれた人たち

そして…

私をココへ連れて来た跡部…


「そろそろ休憩ですよ、志月先輩」

「…はい」

「今日は俺が手伝いますよ。行きましょう」

私に向けられた笑顔。

その笑顔はまるで、私に優しく手を差し伸べているような…

そこは今までにないくらいアタタカイ。


いつから…

こんなに居心地が良いと思ったんだろう。

自分の居場所、探したコトなんかなかった。

終わることを願い、自らを終わらせることなんて出来ず…

ただ人形のように…


「志月先輩、変わりましたね」

「え…?」

「笑顔、可愛らしいと思いますよ」

そんなコトなんて、言われたこともない。

私の両親だった人以外、誰も…


「…ありがとう」



どうして、こんなコトを思うようになったんだろう。

あの場所から逃げ出した私。

それでも"人形"だと思い続けたのに…

どうして、今更思うのだろう。


"もしかしたら…私は人間なのかもしれない"と。



『お前は俺の玩具にすぎねぇんだよ』



洗濯物を抱えて、部室裏の洗濯機に向かい合う。

休憩時間は終わり、静かだったコートに活気が戻ってゆく。

跡部の…怒鳴り声が聞こえた。


少しずつ訪れる変化。

それは自分でも理解出来るほどに大きい。

欲しかった温かさが私に降り注ぎ…

それが嫌じゃなくなっていく。


手に取った大きなユニフォーム。

裏に刺繍された"跡部"という名前。

私を変えつつあるのが…他でもない跡部景吾。


まだ、気づきたくない。

"もしかしたら、私は跡部のコトを…"



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