LA - テニス

07-08 携帯短編
45ページ/80ページ


俺が声を掛けるたびに動揺する、よく分からない発言をする、目を泳がせて戸惑う。
避けられている事実だけは分かっていたのですが…ここまで怖がられているとは思わずにいた自分。
だけど、それをも利用して時間を作らせる、長く居られるよう時間を作ろうとしたのに…
自分が取った行動はあまりにも軽率で後先など考えることもなくて、本当に衝動的だと言えると思った。



交 差 点



制服の裾、掴んできた時点でアウトだったんですよ。多分、彼女は無意識だったんだろうと思いますが。
いるんですよ時々。そういうちょっとした行動に弱い男性が。まさか自分もそのテの人間だとは思いませんでした。
服の裾、掴んで俺を見た瞬間に射抜かれて…しきりに謝る貴女が本当に愛おしくてたまらなくなって。
頬に触れたのが俺の犯した失態、だってそうでしょう。全てを告げる前に俺は行動に出てしまったから。

「……っ」

片方は彼女の手を握ったまま、残った手はその頬に触れたまま。
彼女の手は俺に握られたまま、残った手は…俺の裾を手放してだらんと地面と垂直に落ちてしまっている。

「……すみません」

謝罪など、するんであれば最初からするなという話で…それでも呆けたままの貴女にもう一度触れて距離を空けた。
それでも手は離さないまま、空けた距離は人一人分にも満たない。それでも俺なりに配慮した距離で…
彼女はまだ呆けたままで表情には色もなく、大きな目を見開いたままで意識を飛ばしている様子。
よほどの衝撃だったんでしょうね。それは俺だけでなく彼女にとっても…だけど、もう後には引けない状況となりました。

「……志月さん?」
「……」
「まだ、意識が飛んだままの状態なようですね」

俺は…俺自身、色々と我慢も忍耐もある男だと自負していたつもりでしたが、どうやらそれは買被りだったようです。
ちょっとした状況の変化でこんな大胆なことをしてしまったのですから笑い者ですね。
「こういう時は段階踏まねえとダメさ」と、甲斐くんに言われても仕方ない状況を自分からわざわざ作って…

「……はっ」
「おや…ようやく戻りましたか?」

悪びれもない態度でそう声を掛けましたけど…正直、内心はそう穏やかではありません。
彼女から次の一言が出ない。ハッと我に返りはしましたが、まだ呆然と先程の出来事を振り返っていらっしゃるようで。
罵倒されるならばケロッと反論する余地はあります。激怒したならば冷静に告げることも出来るでしょう。
だけど…もし、悲しそうな顔したら?泣きそうな顔をしたら?その時は折れてしまうでしょう。謝るしか出来ない…

「き、木手…」
「……はい」
「あ、アンタ、今…」
「ええ…君にキス、しましたが?」

「それが何か?」とは流石に言えずに飲み込んで。これで少しは状況が把握出来たらしい彼女は…
まだ呆然としていますね。意外と飲み込みが悪いらしい。まあ、飲み込みも悪ければ勘ぐることもしない貴女だ。
そんなところがまた俺にとっては少し歯痒くて、だけどそれすら可愛らしくも見えて――…

「ど、どんな嫌がらせしてんだ!!」
「……はい?」
「体張ってまで嫌がらせとか…有り得ないでしょ!」

……どうすれば物事をうまく、いや、意思の疎通が出来るのでしょうか。
体を張って嫌がらせでキスとか、出来るはずがないでしょうに。彼女の思考回路は少し人とは違いますね。
本当に…歯痒いったらない。流石の俺も、頭を抱えざるを得ないでしょう。やはりこんなことを思わせるのは…彼女しかない。

「貴女ねえ…」
「な、何よ」
「どうしたらそんな思考になるんですか?」
「んな!だって、他に理由なんて…っ」

無い、とは言わせませんよ。それこそ俺がまるで変質的嫌がらせを行う人か、キス魔のようなレッテルを張られますからね。
あるんですよ。ちゃんとした理由は、ただそれを貴女だけが理解していないだけで…あるんです。

「理由ならありますよ。君が好きだからつい…キスしたんです」
「つ、ついとか言ったね!」
「……その前文は無視ですか?」

動揺に動揺を重ねた彼女を、混乱に混乱を重ねて暴走する彼女を抱くことは簡単でした。
握られた手は振り払われることなく地と垂直にあったのですから…それを引けば本当に容易いことで。

「……こうすれば、聞こえますか?」
「なっ」
「君の所為ですよ、こんなに…心拍数が上がってる」

分かりますか?と尋ねたところで彼女はまた硬直してしまったらしく、返事は無い。
やはり…こうなってしまえば俺もまたただの人で、ただの男で、思うほど感情が無いわけでもない。
苛立たないにしても歯痒い。どう告げればうまく君に伝えることが出来るか、なんてまだ詮索しているんですよ。俺は。

髪に触れ、後頭部を押さえ付けて強く抱き締めるなど…今すべきことではないと分かりながら行う。
うまく伝わっていないのに、それでもこうして居たい衝動に駆られている男の気持ち、貴女には理解出来ないでしょうね。

「俺は…君に嫌がらせがしたいわけじゃない」
「……」
「だけど…不器用なんでしょうね。事を、うまく運べない」

こういうのに慣れが無いのは…ある意味、女性に対しては恐怖でしょうか?俺はやはり器用でない。
歯痒いのはきっと彼女の言動だけではない。自分の言動までも歯痒いものだと気付かされます。それでも…

「貴女が、好きですよ」

この事実だけを大きく取り上げて、馬鹿みたいに何度でも言いましょうか。そうすれば伝わりますよね。
いくら鈍感で変わった思考を持つ彼女であっても、一風変わった方で一般的なカンジのしない彼女であったとしても。
分かって、分かってもらった上での結論を俺は求めている。求めて、いるんですよ。

「……好きです」



最後にそう告げたら、彼女は言葉なく俺の体を振り切って走り去る姿だけが俺の目に映った。
簡単に言うならば…逃げられたということですね。これは…まあ仕方ないことだと思う反面、少しショックでもあった。
だけど、言わずに居たならば何の変わりもなくイライラする日々があったと思うし、何の変化も得られない。
それが嫌で、衝動的とはいえ軽率な行動は取ったが…それを後悔することもない。

少しだけ誇らしく思える。少しだけ前進した気もする。
取った行動を、言動を、今更無かったことには出来ないのだから…と苦笑しながら溜め息を吐く。
それでも何処か清々しく感じたのは全てを晒したことが原因なんだろう、と冷静になりかけた俺が囁いていた。



-交差点-

……またも完結しなかった短編連載。
何をどうしたいのか…謎極まりない(080604)


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ