LA - テニス

05-07 PC短編
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鳳長太郎 氷帝学園中等部三年
志月ゆい 青春学園高等部一年



―――After that.



「ゆい!」
「お待たせ、長太郎」
いつもの待ち合わせ場所、待ち合わせた時間よりも5分早い。
待たせないようにと15分前から待つ俺を想定してか、彼女もまた待つことなく現われる。
綺麗な桜が徐々に花開き出した春先、あれから半年経過していた。
彼女は受験から解放されて高等部へ、そして代わるように今度は俺が受験生へ。
時間は確実に経過していて、だけど俺たちに何ら変化はなく同じ時間を共有していた。
彼女が手を振る。その右手の薬指にはあの時の指輪が光る。
「いつも早く来てるね。もう少しゆっくり来ても…」
「そうしたら待たせてしまうでしょう?」
「ホンの少しじゃない。私もたまには待ってみたいかな」
「それはダメです。俺も待ちたいですから」
時計を気にしながら早足で歩く姿。俺を見つけた時に手を振る仕草。
可愛らしい笑顔で俺の傍へとやって来る、その行動は全て俺が独り占め出来るもの。
だから譲らないし、譲れない大事なこと。例えそれが彼女であっても。
「今日はどちらへ行きましょう?」
「そうだね――…」

最初に会った時、可愛らしい方だと思った。
周囲をキョロキョロしていて、時計を気にしていて…すぐにわかった。
普通ではない待ち合わせの相手。俺が声を掛けてしばらくも戸惑いが見受けられた。
当たり前なのかもしれないけど、その戸惑いが無くなるように必死で話をした。
彼女の笑顔が見たくて、ただそれだけのために――…

「桜でも見に行きましょうか。近場に咲いているところありますよ」
「そうだね。それで決定」
手を伸ばすでもなく、促されるでもなく、自然に繋いだ手。
明らかに俺よりも小さくて細くて、そこそこ力を入れて握っているのかもしれないけど、
それでも俺には敵わないくらいしか握力もなくて、それがまた好き。
彼女の何もかも、全部が好きだ、なんて言ったら笑われるかもしれない。
でも、嫌いだと思うところは一つもなくて、それは全部が好きだということだと俺は思う。
「時間の流れって早いね」
「そうですね。もうすぐ夏が来ますよ」
「それは早すぎ。その前に梅雨でしょう」
出会ってまだ時間が経っていないにしても、これから発見する別の一面を目の当たりにしても、
俺はそんな彼女も好きだと思う。何の根拠も、証拠もないけれど。
思った以上に彼女が好きで、それは現在進行形で…きっと彼女にも負けない。
出会ってすぐに恋をした、これは彼女よりも俺の方が先だと思う。
「梅雨が来てもデートしましょう」
「傘差して?」
「ええ。二人で一つの傘に入ってね」

会ったばかりの人を名前で呼んで、手を繋ぐよう促して…
彼女は嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。少し遠慮がちではあったけど。
当たり前の反応でも可愛らしく思えた。ま、今となってはただのノロケ。
よく考えてみれば、こんなにも誰かに執着している自分は珍しい。
それくらい想いは膨らんで、膨らんで、しぼんでいくことなどないということ。
今、こうしている間にも膨らんでいる。彼女が好きだという気持ちは…

「あ、見てみて。綺麗に咲いてる」
公園に植えられた桜の木は満開とは言えないけども、綺麗な花を咲かせていた。
ピンク色の花びら…ソメイヨシノだろうか。本当に綺麗に咲いている。
「本当ですね」
「もう本当に春なんだね…」
彼女の嬉しそうな表情、俺もまたつられて嬉しくなってしまう。
そう、この笑顔を見たくて、この笑顔で居て欲しいから俺は懸命になる。
どうしたら彼女が喜んでくれるのか、笑顔のままで居てくれるのか、と。
「俺はゆいと出会えてから、ずっと春が続いていますよ」
長い長い春。幸せを運んでくれそうな春、それがずっとずっと続いている。
季節が移り変わろうと、俺の中の季節はずっと変わらずに――…
「キザだね、長太郎」
「キザでも本当のことですから」
手を繋いで、ぎゅっと握り返してくれる存在がここに居て…それだけで幸せ。
だから、この先もずっとずっと一緒に居たいと願う。いつも、いつの日も。
今は沢山会えなくても、こうして会える時にこの幸せを紡いで行きたい。
「俺、本当にゆいと出会えて良かった」
「そんなの私も同じ」
「来年も、この桜を見ましょうね」
いつまでも手を繋いで、いつまでも二人で。
同じ時間を少しずつ共有して、ずっと一緒に…そう願う。



After that.




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