LA - テニス

06-07 携帯短編
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――この先のお前も俺は欲しい。

こう告げられた時、私は返答など出来るわけも無い状況下。
息は上がり切った状態で軽く酸欠で、異様な体勢から戻された直後で。
ただ、そんな私を真剣に見つめる跡部の存在だけが刻まれた。



戸惑う瞳 -side girl



色々変だな、と思う点は多かった。この生徒会の仕事をする上で。
私に課せられる仕事の量はそこそこ多く、面倒なものばかり。
ま、他の人が部活をしているから…と思ってこなして来たつもり。
ソツなく仕事はして来た。内申書も関わってくるものだし。
でも、その仕事をする上で必ず生徒会室に居たのは…会長の跡部。
特に何かをしている様子のない時が主で、だけど気にしてなかった。
生徒会室に生徒会長が居て当たり前。
ましてや跡部がカリカリ仕事をするイメージも薄い。
手際も効率も良い男だから、誰よりも仕事が終わるのは早いし。

「……何か言えよ、書記」

それくらいだった。生徒会に入って会長への関心は。
ましてや氷帝の跡部様。本来なら近づくこともしたくはない。
一度、酷い目に遭った。髪、思いっきり切られた。伸ばしてたのに。

「この場で押し倒されたいのか?」

勘違いでやられた仕打ち。もしもそんな気持ちが少しでもあったのであれば…
きっと甘んじて受けたと思う。でも、本当にそんな感情は抱いてなくて。
それを期に更に関心を向けることも無くなった。痛い目見るのが嫌だったから。

「俺は、本気でやるぜ?」
「……勘弁して下さい」
「ようやく話せるようになったか」

まさか…跡部の方がそんな気持ちを持っていたとは思わなかった。
私を「好き」だとか…思っていたなんて、そんなこと知らなかった。
知っていても、気付いていても、きっと何も出来なかっただろうけど。
酷く驚いた。むしろ、いきなり何しやがる!くらい言いたかった。
……ファーストキスだった、のに。

「返事をもらおうか」
「……そんなの、ない」
「アーン?無ければ作れ」

考えたこともなかった。跡部がこんな行動を起こすとか、そんなの。
状況が状況になっているというのに、跡部の態度は大して変わらない。
相変わらずの命令口調で、さっきしたことに関しては謝罪も無くて。
悪びれも無く、冷静な表情を浮かべて立っている。

「ないって言葉がお断りって風には解釈しないわけ?」

そう告げたなら…跡部の表情が、険しいものになった。
言葉の解釈、そんな風にはしない。そういうことなのだろうか。

「……なら仕方ねえ」
「分かってくれたならいい」
「いや…俺は無理矢理でも奪っていいと思ってる」
「な、何よ、それ…」
「言葉の通りだ。解釈しろよ」

冗談、だと言ってくれることを少しだけ期待していたのに。
跡部はいつになく真剣で、真っ直ぐな目で私を見て迫ってくる。
こんな姿、今までに見たこともなければ…怖いなんて、思ったことも無かった。

「……ゆい」
「か、会長…?」
「景吾って呼べ」

じりじり、じりじり寄られたら同じくらい後退り。
生徒会室はさほど広いわけじゃないから壁と友達になって…
這えば這うほどに範囲が狭まる。どんどん角に追いやられる。

「ゆい」

会長に名前を呼ばれたことなんて無かったのに。
いつも書記としか呼ばなかったのに。名前知らないんじゃないか?って。
ずっとそう思っていたのに、何、今になって何でこんな風に――…

「ゆい」
「ちょっ…近…ッ」
「わざと近づいてる」

冷静で居られる跡部と慌てているだけの私。
何か悔しい。何か悔しい。何か…悔しいと思う自分が居る。
何度も呼ぶなと言いたい。近づくなと言いたい。
今、こうしている理由が疑わしいと思う自分がいるから私は退く。
だけど…その意図に気付いているはずの跡部は距離を縮めていく。

「……ゆい!」



――好きだから、しょうがねえだろ。

切羽詰まった表情と声に、私は何も出来なくなった。



-戸惑う瞳-


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