物語
□約束
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───私たちが函館に移り、幾月かが経ったある日。
私はいつものように机に向かい、仕事に励む彼の元へお茶を運んだ。
「土方さん、どうぞ」
「ああ、悪いな」
コト、と湯呑みを机の右端の方へ置き、お盆を抱えて下がろうとする。
その時、土方さんが顔を上げ、私の腕を掴んだ。
「待った、千鶴」
「?何ですか、土方さん」
「…もう少し此処にいろ」
囁かれた一言に、頬がぽわっと熱を持つ。
嬉しいのに私は緊張のせいか、あたふたしながら逃げ道をつくろうと試みた。
「で、でも土方さんはお仕事が」
「これを仕上げたら終いだ。後に回しても構わねぇ」
「でも私、お夕飯の支度を」
「さっき昼飯を食ったばかりだが?」
「あ、私大鳥さんに呼ばれていて…」
「…吐くならもう少しマシな嘘を吐け」
う…。
私の言い訳なんて、土方さんは全てお見通しだった。
私が口を閉ざすと、土方さんは私の顔を覗き込んで寂しそうにに呟く。
「……嫌なら別にいいぜ」
「違っ…!」
そんなつもりじゃない。です。
ただちょっと……
恥ずかしい、だけ。
真っ赤になって何とか土方さんの誤解を解こうと口を開いたとき、土方の肩が小刻みに震えていることに気づいた。
「土方さん…?」
「……くくっ」
???
疑問符を頭にいくつも思い浮かべると、土方さんは堪えきれずに吹き出した。
「はははははっ!」
「な……っ」
何故か、大声で笑い出した土方さん。
訳が解らず混乱する私を放置し、彼はお腹を抱えそうな勢いで笑い続ける。
私、何かおかしいこと言ったかな?
それとも、土方さんが変になっちゃったとか……って、土方さんに限ってそれはないよね。