捧げ物
□趣向を変えて
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深い森の奥、常人より遥かに小柄で白い着物を身に纏った男が、何やら怪しげな笑みを浮かべながら不気味な音を立てている。
男の傍らには竹の筒のようなものが置かれ、目の前には木の器と擂り潰された薬がある。
勘の鋭い野生の動物達はいち早く危険を察知したのか、既にこの森を遠く離れ身を顰めていた。
このことから男、霧骨が擂り潰している薬がただの薬ではないことが分かる。
毒薬、だが当の本人は身体が毒に慣れきったためか、多少毒薬を吸い込んだところで痛くも痒くもない。
そんな霧骨の後ろにゆっくりと歩み寄って来る人物がいた。
「……よお、霧骨」
突然の呼び掛けに驚きもせずに霧骨は振り返った。
そして口を覆っていた白い布を外してニヤリと笑みを浮かべる。
「ゲヘヘッ…大兄貴じゃねぇか、どうかしたのか?」
大兄貴と呼ばれた男、蛮骨は霧骨を見下ろしたまま口を開いた。
「あぁ、ちょっとばかし頼みがあってな」
「頼み?」
滅多に自分を頼ってくることのない蛮骨が、自ら出向いて来たことに驚きながらも霧骨は聞き入れた。
その反応に気を良くした蛮骨はニカッと笑って霧骨の隣りにしゃがみ込んだ。
そして耳元に口を寄せひそひそと話始めた。
「実はな…………」
「…………」
「な、いいだろ?」
「……はぁ、後で何言われても知らねぇからな」
「よし!流石は霧骨だぜ!!」
そう言って笑って霧骨の肩をポンポンと叩く顔は至極嬉しそうで、新しい玩具を買ってもらえる子供のような幼さを見せた。
「じゃ、後は任せたぜ」
そう言って立ち上がると見るからに楽しそうな足取りでその場を去って行った。
残された霧骨は自分に利益はないものの好奇心から若干の笑みを浮かべながら違う薬の調合を始めた。
******
「飯が出来たぞ〜」
昼飯を作り終えた煉骨の声で屋敷に居た七人隊が広間に集まる。
この時を待っていた蛮骨は霧骨に頼んでおいた例の物を懐に忍ばせ、自然な動作で蛇骨の隣りに座った。
「わ〜い!飯だ飯だ〜!」
「蛇骨、ちゃんと手ぇ洗ったか?」
「うっさいな〜さっき洗っただろ〜」
「本当か?…睡骨」
「あぁ、俺はちゃんと見てたぞ」
「うわひでぇ!!煉骨の兄貴は俺を信じてねぇのかよ!?」
ギャーギャー横で騒ぐ蛇骨を尻目に蛮骨は時を伺っていた。
蛇骨が飲み物から目を離す瞬間を。
すると運良く蛇骨は煉骨に食い掛かっており、食卓への意識は完全に遠のいていた。
(今だ!)
蛮骨はそこにいる全員が見えないくらい素早い動きで蛇骨の飲み物に薬を注いだ。
そして平然を装い会話の中へ入って行く。
「蛇骨もういいだろ、黙って食え」
「だって…煉骨の兄貴が〜…」
「要らねぇならその肉寄越せよ」
「あーっ!!それは駄目!!」
箸を伸ばされた皿を急いで取り上げると蛇骨はようやく食事を再開した。
よく食べる蛇骨はその分よく飲む。
蛇骨が飲み物を口に含んだ瞬間、誰にも気付かれないように蛮骨は笑みを浮かべた。
効果が現れるのは約6時間後、霧骨の言葉を思い出し夜を待遠しく思いながら。
「あ、煉骨の兄貴がタコ食ってる!共食い共食い〜」
「黙らんか!!!」
バコッ!
「いってぇぇ〜!!」
「まぁまぁ怒るな煉骨、事実なんだから」
「睡骨、てめぇも殴られてぇみたいだな?」
「睡骨ドM〜」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
いつもと変わらない、他愛もない会話、そんな光景すら今の蛮骨にとってはもどかしかった。
彼が今求めるのは、夜。
ただそれだけだったから。
******
日が沈み辺りが薄暗くなってきた頃、再び煉骨の声が響き渡った。
そして昼間と同じようにゾロゾロと七人隊の面々が集まって来る。
ただ一つ違うのは、
「よう煉骨、蛇骨はどうした?」
大体の予測はついている。
分かっていながら蛮骨は煉骨に問い掛ける。
すると煉骨は少し心配そうな面持ちで答えた。
「あぁ…なんか調子が悪いって言って部屋から出て来ないんだ。大兄貴、見て来てもらっても良いですか?」
やはり、心の中で確信を持つと蛮骨は首を縦に振り広間を出た。
そして、やや早足になりながら蛇骨の部屋に向かって行った。