ぶん
□武士道には女は連れ込めない
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『恋は盲目』
その言葉の通りだった。
ただ一人の女に惚れた、それだけで、前も後ろもわからなくなる。
四六時中、一人の存在が頭を占める。
だが、新選組三番隊組長斎藤一という役職においては、
前後不覚なんてことはあってはならない。
たとえ恋を知ったとしても、
たとえ相手が死んだとしても、
何があっても俺は組長という仕事を全うしなければならなかった。
そんな中でひとりの女に惚れてしまったのはどう考えても間違いだったとしか思えない。
恋が間違いなのではなく、
あいつに惚れてしまったこと。
嗚呼、あと何年か後にお前と出逢えていたら。
もしかしたら
違う生き方もあったかもしれない、と思えたかもしれない。
だが、
今は幕末の世。命を賭けて守りたいものは、まだお前ではなく幕府だから。
「お前は嫌な時代に生まれたものだな・・・」
「お前って誰ですか?斎藤さん」
俺が不意にこぼした言葉を耳ざとく聞いていたのか、いきなり雪村が話しかけてきた。
「ゆっ、雪村か・・・!」
「お前って誰なんですか?」
しつこくも追求してくる雪村に、俺は溜息をつきながらも答える。
「俺が生涯でおそらく一番愛した女だ。だが、そいつのことを今は愛せない」
俺の返答に、雪村は少し困ったような顔を浮かべた。
そりゃそうだろう。
まさか、その女が自分だなんて一生気づかないだろう。
「つらい恋をしているんですねー・・・。でも、私だったら、斎藤さんに少しでも想ってもらえるだけでもう幸せですけれど」
俺の怪訝そうな目に、雪村は慌てて手を大きくふり、その場から去っていった。
雪村が去り、静かになった空間で、俺は珍しく笑みを浮かべた。
「・・・・ある意味、俺もお前も幸せなのかもしれないな」
決して成り立たないとわかっている、武士道と恋路。
だから、まだ、
命を賭けた戦争が始まる前のひとときだけでも、
全てあいつにくれてやりたいと思う。
俺はそう呟くと、三番隊の今日の任務へとゆっくりと向かった。
幸せの形は、ひとそれぞれ!