イナズマJ

□わたさない
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 こっそりと、こっそりと。
 君を見ているだけで、俺は満たされていた。

 君が笑えば、俺は幸せになる。
 君が泣けば、俺は苦しくなる。

 
 だけど、俺は君に話しかけてはいけない。

 これは俺が勝手に決めたワガママな戒めなんだ。

 なんだって、いままで長い間君を傷つけ続けてきたのだから。
 君を助けなかったのだから。
 至極当然の事だ。


 それと同時に、君はしかし俺を恐れている。避けている。嫌っている。
 俺は、君の事嫌いじゃないよ。むしろ、好きだ。likeではない。loveだ。
 1人の人間として、1人の人間の君が好きなんだ。


 好き。だけど、俺は君と関わってはいけないんだ。
 
 もどかしい。

 最初は見ているだけで幸せになれたのに、ここ最近はそれだけでは物足りなくなってきてしまった。
 つくづく、人間ってワガママで自己中心的なんだな、と。俺ってアホだな、と思う。


 ただ、それは思うだけで。

 今日も、君を見ているだけで時間が過ぎていく。


 どうした、調子が悪いのか?と、風丸君に聞かれたら、うん、まあ、と言葉を濁してしまった。

 話しかけれない。
 けれど、分かるんだ。
 君は、今とても悩んでいる。

 きっと、不安なんだ。
 苦しいんだ。寂しいんだ。息苦しいんだ。
 
 俺なら、わかるよ。
 君が思っていること、分かるよ。

「ねぇ、リュウジ」

 ぼそり、と。いや、ぽそり、と。
 1人でつぶやく。
 愛おしい君の名前を。
 おっと、いけない・・・と思い「緑川」といいなおす。
 いけないんだ。
 俺がなれなれしく君の名前を呼んだりしては。

 ふ、と、違和感を、視線を感じた。 
 はっと振り向くと、立っていたのは風丸君。

「ヒロト、お前・・・」

「どうしたの、風丸君」

 信じられない!あるいや、ありえない!
 どちらにしても、風丸君の目はありえないほど見開かれて、その一瞬後に俺はにらまれた。

「お前さ」

「何?」

「さっき、なんで緑川のことをリュウジって呼んだんだ」

 言っている台詞は明らかに疑問形なのに、風丸君の語尾は上がらずに、ぶすくらっとした顔と声が俺の前にはあった。

「・・・なんなの、その目」

「質問の返答を最優先してほしい」

「うう、怖いよ」

 顔を引きつらせながら目をそらした。
 なんとなく、負けた、と思った。
 何に?
 ・・・えーと、迫力?

「・・・」

 しばらくの沈黙を風丸君はよく思わなかったみたいで、音を立ててこっちに歩いてきた、と思ったら耳元でこういわれた。


「緑川は、絶対に渡さない」


 とっさに、どうかな?と返事をした。
 なんなんだ、いきなり。
 宣戦布告をされてしまった。

 風丸君が向かう先は、もちろん緑川。

 はぁ、とため息が漏れる。
 風丸君は緑川がすきなんだね。


 ひゅぅ、と風が吹いた。
 春の生暖かい風。
 しかし、今の俺にはそれさえ俺と緑川の間に立ちふさがる壁のような気がした。

 それと同時に、あぁ俺は緑川が大好きなんだな、と再認識する。


 夕方になったら、吹雪君に相談に行こう。
 
 どうやったら風丸君をぶちのめせるか。
 どうやったら緑川に話しかけれるのか。
 どうやったらこの気持ちを伝えられるのか。


 俺の封印していた気持ちがあふれ出すのが、分かった。








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