神に許された7日間

□373日目
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 あれから、1年の月日が流れた。
 僕の周りも、もちろん僕自身も、大きく変わった。
 1つ、車田に恋人ができた。
よく練習の応援に来るから、僕も仲良くしてもらっている。とてもいい人だ。
 2つ、天城が少し痩せた。
高校サッカーは中学校と比べものにならないくらいハードだ。僕?がんばっているよ。
 3つ、三国の髪の毛がのびた。
思春期の男なんだ。自分の身なりに気をつかうんだようんぬん、と語られた。ちょっと違和感がある。
 4つ、剣城優一がサッカー部に途中入部した。
まさかの、剣城の兄。彼の足はもう治っていて、自由に動いている。ちなみに、僕たちと同じ学年だ。
 そして5つ、僕と南沢篤志は付き合うことになった。
僕はすでに好意を抱いていたので、彼の心が僕に寄ってくるまで待つだけだったものの、以外と早く僕に寄ってきた。
そして、5ヶ月ほどまえの寒い朝に僕は告白をされた。もちろん、二つ返事でokを出し、晴れて恋人同士に。今、僕は彼のことを南沢、と呼んでいる。進歩、しただろう?
 恋人としては、一緒に登校してみたいものの、彼の家は帝国からみて僕の家と逆にある。どう遠回りしても一緒に登校できないのだ。
だから、僕は大抵1人で登校する。たまに、三国と車田と登校する。ちなみに、天城の家はとても帝国に近い。
 
 そうだ。大切なことを言い忘れていた。
あれから、の、あれ、とは僕らの入学式のことだ。つまり、今日は入学式から1年後。
 そう、入学式の日だ。

「奈音せんぱーい!!」

 タイミングを計ったかようにすこしばかり遠くから聞こえる声。
あぁ。高校に入学してから、高校生活が忙しすぎてあまり中学に顔を出していなかったね。ごめんよ。
振り向かなくても、声だけで分かるよ。でも、声変わりしたせいで声が低くなったね。声が低くなったかわりに、身長は高くなっているのかな。振り向くのが楽しみだな。

「典人、久しぶりだね」

 振り向くとそこに居たのは、間違いない典人。身長は僕と同じくらいに高くなっているし(1年前は僕の首元ほどだった)、長い前髪はすっぱり切られていて、2つの眼が僕を見つめていた。

「そうっすよ!あ、奈音先輩奈音先輩っ!見てください、俺、身長のびたんすよ!!ほらっ!」

「あら、本当だね」

 頭は撫でなかった。身長が高くなってしまったからね。ちょっと先輩としては寂しいけれど、そこは喜ぶべきなのかな。

「俺、男っぽくなりました?」

「そうだね。かわいい典人も好きだけど、格好いい典人も、好きだな」

「…そうっすかぁ?」

 うれしそうに照れる典人。
やっぱりかわいいな、典人は。
 そして僕は典人が身にまとっている制服に目を向ける。
 
「…その制服を着ているということは、典人も、帝国なんだね」

「そうっす!奈音先輩と一緒の高校に行けるように一生懸命勉強したんすよ?」

「そうなのかい?うれしいな」

 そういいながらはにかんでしまう。
こんなかわいい後輩が僕のために一緒の高校に進んでくれるだなんて。

「当たり前っすよ!だって俺、今でも奈音先輩のこと大好きですから!」

 大好き。
 その言葉に僕は息がつまりそうになった。
そして思い出す1年と1日前。
僕は泣きながら、泣きそうな典人を受け入れてあげることができなかった。
 何で、1年と1日も前のことをこんな鮮やかに思い出すことができるのだろうか。
笑顔で離れることができたのになぜこんなにも、息が詰まりそうになるのだろうか。
 無性に会いたくなった。南沢…。

「…ありがとう。僕も、典人が好きだよ」

「………」

「どうしたんだい?そんなに僕を見つめて…」

「あの、訊きますけど」

「いいよ」

「奈音先輩は、上手くいってるんですか?」

「…ん?誰とだい?」

「嘘はいけませんよ。俺、わかりますから」

 僕の目の前のかわいい典人は、あの時見た典人だった。
嘘は通じない、か。
 全て、典人は分かっているのか。
…僕に好きな人が、あの時にいたということが。

「まぁ…上手く、やっていけてる、かな」

「そ、そうっすか」

 小さな声でそう返す典人。
落ち込んで、いるのか。
 そんなの、典人らしくない。やっと久しぶりに会えたのに、ね。

「ほら、笑いなよ」
 
 典人の頭を撫でる。
やはり、1年と1日前と何も変わっていない。
ふわふわの髪の毛。
とても、落ち着ける。

「…はいっ」

 満面の笑みの典人。
 そして、目の前に大きな建物が見えてきた。

「ついたよ、帝国。ちょっと部活を見ていかないかい?サッカー部希望、だろ?」

「はいっ!……ってことは、奈音先輩の彼氏もいるんすかね?」

「まぁね」

「殴ってもいいっすか?」

「…喧嘩したら、2週間停学になってしまうよ?」

 僕は、ため息をもらした。
そういえば、こんなことをいっていた気がする。

「じゃあ、蹴っていいっすか?」


 * *


 典人を部室に案内する。

「帝国も部室広いっすね」

「ま、帝国だからね」

 背後から足音が聞こえた。
振り返ってみるとそこに居るのは車田と三国。

「車田さんと…三国さん?!あー、雰囲気変わりました?車田さんは相変わらずっすけど」

「お前…倉間か?」

「そうっす!身長、伸びたくないっすか?」

「すっげぇ大きくなったじゃないか!」

「そうだね、僕なんてもう追い越されそうだよ」

「もう、頭を撫でられないじゃないか」

「そうだね」

「ま、そうなったら、代わりに俺が頭を撫でてやるよ」

「いや、遠慮しますよ。奈音先輩に撫でてもらいますから」

「…本当に倉間はお前になついているな」

「そうだね」

 楽しそうに僕たちに話をする典人。
本当に、楽しそうだ。
同じく、僕も、楽しいよ。
また、典人とサッカーができるんだからね。
 時間が気になって携帯で時間を確認すると、もう少しで練習開始時間だった。

「もうこんな時間だよ。着替えようか」

「あ、そうだな」

「奈音先輩、じゃ、俺は外で待ってますよ」

「あぁ。待っていてくれ」

 典人が走り出そうとした。
 そのとき。

「あれ、まだ練習始まってねーの?」

 典人と会わせてはいけない人がきた。

「おせーぞ、南沢」

「今着替えていないあんたらに言われたくないんだけど」

 典人がぽそぽそと呟ていた。

「…紫の髪の毛、茶色い目、低めの身長…男…」

 危ない。
 典人は南沢をまっすぐ見つめていた。目はとても虚ろ。
…いや、違う。
殺気に満ちた目。
 まさか、本当に南沢を殴る、あるいは蹴るつもりなのか…?
そんなこと、してはいけない。して欲しくない。
南沢はもちろんのこと、典人も傷ついてしまう。
僕もきっと、傷つく。
 そんな典人の視線に気づかない南沢は気軽に典人に話しかけてしまう。

「ん、こいつ、奈音たちの後輩?
 サッカー部希望?よろしく」

 手を差し伸べた。

「…え、」

 その手を典人は目にもとまらない速さではたく。
南沢本人は何があったか分からないような顔をしているし、三国と車田はいまいち状況が把握しきれていないようだ。
僕はそっと2人に「先に行って練習を始めてくれ」と告げる。2人を巻き込みたくはなかったからね。
 一瞬目を放した隙に典人は南沢を押し倒し馬乗りをしていた。

「俺はお前を許さない。奈音先輩を泣かせた。俺の大好きな奈音先輩を泣かせた。許さない許さない」

「…は、何を言っているんだよ。俺は奈音を泣かせたことなんて、」

「うるさいっ!」

「っ!」

 そうか。
典人はこの世界の南沢が僕を泣かせたと思っているんだ。
…違うのに。僕を泣かせたのは南沢篤志で、南沢ではいのに。南沢なのは間違いないが。
 
「典人、やめてくれよ、」

「あ、ごめんなさい奈音先輩。俺、奈音先輩を困らせる気は全然なっかったんすよ?
 すぐに終わらせるんで、待っていてください」

 すぐに何を終わらせるんだい?そう訊こうとおもったが、訊けなかった。
 典人が拳を右手でつくり、振り上げる。
 南沢は顔を真っ青にした。
 
「せめてもの、報いで、」

「おいっ、やめろっ!そこをどけっ」

 感情が感じ取れない声と、焦っている声が同時にした。
こんな典人、典人じゃないよ。

「俺が、お前を、」

「あぁっ!」

 僕は。



「いい加減にしろっ、典人っ!」



 典人の右腕を思い切りつかんだ。
ミシミシ、と骨が悲鳴をあげている。典人もつらそうに顔をゆがめる。
 力の制御ができていなかった。僕は典人の腕を離す。
もう少しで脱臼していたかもしれない。よかった。

「南沢、大丈夫かい」

「…あぁ、大丈夫だ」

「典人、反省はしているかい」

「…はい」

「それでいいんだ」

 南沢の上からおりる典人の頭を左手で撫でて、右手をさし伸ばし南沢を起こす。
 …そのとき、とてもいいことを思いついた。

「典人、」

「…はい」

「さっき言った通り、僕と南沢は付き合っている。僕は南沢を愛しているんだ」

「奈音、いきなりなんだ?」

「ちょっと黙っていてくれ」

「あぁ」

「…それでも、典人は南沢を気に食わないのなら、暴力なんかよりも、いい方法があるじゃないか」

「…それって、」

「典人、君は南沢のサッカーセンスを見くびっているようだね。彼は、すごいよ」

「奈音先輩、」

「奈音、」

 僕は、微笑んだ。

「僕は、見たいな、2人のバトル」


 * *


「いいかい?
 典人は左利きだ。南沢は右利きだからちょっと不利かもしれない。けど大丈夫だ。君はとても器用だからね。
 それに典人はフェイントをかけるときに目を細める。その一瞬を逃さないように。ちなみにアウトサイドだから気をつけてくれ。ドリブルもアウトサイドばかりしているよ。トラップのみインサイドをつかっている。切り返しはあまり得意としていない。そこをつけ込めばいい」

 バトルの内容はドリブル1本勝負。ハーフウェーラインからスタートして、典人がずっとボールをキープしたままゴールにシュートできたら、典人の勝ち。それまでに南沢が典人からボールを奪うことができたら、南沢の勝ち。
典人が勝った場合「11番を俺に譲れ。11番は俺の番号だし」と。南沢が勝った場合「もっとかわいい後輩になれ」だと。
 恋人として、僕は南沢に全面協力するよ。南沢の背番号が11番じゃなくなるのは、いやだからね。僕?僕は、10番だよ。
だから、教えることができる限りの典人の情報を伝える。

「…で、一応訊いておくけど、奈音とあの倉間っていう後輩はどんな関係?」

「中学校でいっしょのサッカー部で同じFW。背番号は11番。僕が10番だった」

「そんだけ?」

 それだけではないよ。でも、これは南沢に伝えるべきなのか。分からない。

「…ま、いいんだけど。
 見る限り奈音が大好きだな。…じゃ俺って恋敵なのか。
 でも、奈音を好きになるなんて変わり者だな」

「それ、南沢が言う言葉なのかい」

「ごもっとも」

 ちなみに、帝国にはクラス替えがない。
だから2年生になっても、楽しいサッカークラスに僕はいる。

「あれ、奈音ちゃんと南沢…なんかの作戦会議中?俺も混ぜてよー」

「黙っていてくれ」

「光良フラれたな。はいドンマイドンマイ」

 突然現れた光良を適当にあしらい磯崎に回収してもらう。光良と西野空は、違うクラスがよかった、かもしれない。僕の楽しい高校生活のために。
 そして、学校の終わりを告げるチャイムがなる。
 勢いよく立ち上がると南沢を引っ張って僕は1つ下の階へ。典人を迎えにいかないといけない。

「本当、奈音って倉間が大好きだな。姉弟みたいだ」

「…そうかい」

 ちょっと、くすぐったい気持ちになった。
 朝のうちに訊いていたクラスの前につくとドアをあける。そういえば、1年の頃の僕らと一緒のクラスだ。

「のりひ…倉間、いるかい」

 ドアの近くにいた、見覚えのある銀色で外ハネしている髪の毛の男子にきく。

「…あ、もしかして雷門のエースストライカーさんですよね?俺、帝国のキーパーやってた雅野です!覚えてます?」

「もちろん、覚えているよ。久しぶりだね」

 雅野麗一。帝国のキーパーで数少ないレジスタンス本部をしる人。信頼できる人の1人でもある。個人的にね。

「で、あ、倉間くんですね。ちょっと待っていてください。呼んできます」

 クラスの中にいく雅野。

「知り合いか、あいつ」

「うん。仲間だよ」

「へぇ」

「あの子もサッカー部希望だよ。楽しみだね」

「そうだな」

 そして近づいてくる声。

「すいません、待たせちゃって」

「いいんだ。僕が迎えにきたんだからね」

 かばんからはみ出している袋。それは、シューズケースかい?
思わず頬がほころぶ。典人はサッカーをやる気だったんだね。
たとえ、これからバトルをしなくても、無理を言って僕たちをサッカーに誘う気だったんだね。
バトルが終わった後は、学校に残っているチームメイトを呼んでサッカーをしようかな。
 そんなことを考えながら僕は典人の頭を撫でる。

「さぁ、グラウンドに行こう」




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