神に許された7日間

□3日目
1ページ/1ページ







 「部活に行きたいだって?」


 * *


 「うわ…」

 さわやかな朝、目が覚めた僕の顔の真横にはあの南沢篤志の寝顔があったのである。
この世のものとは思えないほどの寒気と吐き気が同時にやってきたので
僕は彼を自慢の脚で僕の布団から蹴り落とす。
 ごん、という大きな音が家に鳴り響き、出勤間際の母が心配をしたけれど、適当に返事をしておく。
本当にどうでもいいからね。
 ベッドの下には芋虫かと見間違えそうな南沢篤志。
 彼を紹介しよう。
確か、彼は、僕の、僕の…

「彼氏だ」

「よし、今から君のその口を引き裂いてあげよう」

「朝から毒舌お疲れ奈音」

「妙にさわやかな笑顔がしゃくにさわるよ。
 君は歯磨き粉のCMのモデルでもやっていればいい」

「褒め言葉ありがとうな」

「照れないでくれよ。至極気持ち悪い」

「照れるなって、彼女」

「君に彼女呼ばわりされる筋合いは微塵もない」

「いや、それがあるんだよ」

「うるさいね」

 僕がぴしゃりと言い放つと南沢篤志はアホみたいな顔をしてしゃべるのをとめる。
だがしかしそれはコンマ0,1秒以下であって。

「奈音、ツンツンツンデレからツンツンギレに転向したのか?」

「知らないよそんなもの。ちなみにツンギレとはなんだい?」

 南沢篤志の笑顔を見ている眩暈がする。
あ、気分が悪くなるのだよ。決して恋愛感情の眩暈ではない。保障するよ。
 改めて考えてみると何度罵倒(?)しても彼はけろりとしているではないか。
挫けない心を持つことは至極いいことではあるが、こっちの方面での挫けない心?
 …神童にはこれくらいのメンタルを持っていてほしい。いや、もっていてくれ。
紙、いや、さけるチーズメンタルよりも頑丈なメンタルを持っていてほしい。
 …だがやっぱり神童は泣き虫神童がお似合いかもしれないね。
しれないじゃない。お似合いだ。
僕の可愛い後輩だからさ。いつまでも可愛いままでいてほしいね。
 
「何を考えてんだ」

「君には地球の裏の国際情勢ほど関係ないけど教えてあげるよ」

「ブラジル?」

「可愛い後輩についてだ」

「…誰だそれ?」

 心なしか、彼は心底興味がないように見えた。
彼の瞳には昨日一昨日の輝きがないように感じた。
 見えた、感じただけできっと興味はあるのだろうね。

「名前くらいは知っているだろう。神童だよ。神のタクトの」

「あぁ。そいつか…。元気か?」

「…君は神童のファンなのかい?」

「違うけど、興味はある」

「立派なファンではないか」

「…なぁ奈音」

 彼の瞳に光が灯ったように見えた。
もちろん幻覚に決まっているけれども。

「何?」

「今日暇?」

「あいにくね」

「だったら…」

 そして、冒頭に戻る。


 * *


「あれ、奈音先輩じゃないか?」

「…先輩だ。また顔出しに来てくれたのか?」

「っぽい」

「よかったじゃないか」

「何が」

「大好きな“奈音先輩”が会いに来てくれて?」

「…るっせ。黙れ神童」

「顔が赤黒いぞ?」

「なにそれグロい」

「…何を考えた、倉間?」

「…DNAさえも残さずに爆発しろや神童」


 * *


 他校の生徒(卒業生だけれども)が学校に入るのは流石に問題があるかもしれない。
…いや、問題だ。きっと。

「いいだろ?だって俺は奈音の彼氏だからな」

「何度言えば分かるのかな。僕は君とそんな関係になった覚えはないよ」

「……俺はある。これから、奈音もある」

「予言ありがとう」

 だから、校舎の裏から眺めることにした。
もし誰かにばれたりしたら、南沢篤志は…どうしようか。

「だから俺はかr「もし誰か来たら水道の下に隠れてね」

「水道の下かよ。すごく汚いだろ、そこ」

「もちろん。砂がいっぱい、虫がいっぱいだよ。
 しょうがない。外だもの」

 そしてついた校舎裏。所謂告白スポット。
僕は、ここで無残にも散った恋をいくつも知っている。

「ふーん。俺もよくここに呼びだされたもんだ」

「頭大丈夫かい?君は雷門の卒業生ではないよ」

「…ちげぇよ。俺の学校の校舎裏だ」

 なんだそれ。南沢篤志は異性から好意を持たれるような人間なのか。
僕はそう見えないな。この数日間を彼と過ごして。
 …と思っている間に、サッカー部の練習が始まった。

「真剣にやっているんだな」

「そうさ。僕たちはサッカー界に革命を起こすんだ」

「もう、起こしているだろ?」

「そうかな。
 例えるなら、フランス革命の準備さ。牢獄を爆破する火種を起こしている途中だ。
あと、一歩で、起こせる。
 …そういうところかな」

「惜しいところで退部、か?」

「いや。惜しくない。贅沢だよ」

「何故?」

「松風に協力ができたからさ」

「そうか」

 一瞬、南沢篤志は目を伏せる。
後悔をしたような顔だった。

「よく、やるよな」

「何を」

「フィフスセクターに逆らうなんて」

「…まあね」

「俺なら、絶対にできない」

「僕も最初は抵抗をした。松風を止めようとした。
 けど、間違っているんじゃないかなって、思ってさ。
 …僕も、自分の本当のサッカーをしたいからさ」

「そうか」

「つらいことばかりだったけど、後悔はしてないよ。
 ま、もちろん皆と一緒にサッカーを取り戻したかったけどさ。無理だった」

「悔しいのか?」

「ううん。
 それに、高校でもサッカーをするつもり」

「高校サッカーは自由なのか?」

「僕は、知らない。
 入ってみないと分からないね」

 そのとき、音楽が聞こえてグラウンドをみると神童がフォルテシモを放っていた。
何度見ても、あの技はかわいいね。

「俺も、あいつらとサッカーしたい」

「雷門に、憧れていた?」

「いや。懐かしい気がして」

「…もう一度聞くが、頭大丈夫かい?
 君は雷門の卒業生ではない」

「…忘れろ」

「ふふ。
 で、君のポジションは?」

「FW」

「ほう。僕と一緒だ。
 じゃあ、技は何がある?」


「ソニックショット」


 息が止まるかと思った。
 だって、ソニックショットは、僕自身が、編み出した、技。
僕だけの技であり、仮にでも他人に伝授なんてものはできないような技。
風を身とボールに纏い、風を味方につけて放つシンプルな技。
この世界で僕だけにしか打つことができない技。
 なのに。

「なんで?」

「…それは……」

 そのとき、良くも悪くもタイミングよく僕に声がかかる。
南沢篤志を水道の下に押し込み、僕はグラウンドにかけていく。

「神童、それに典人も。
 練習はどうしたんだい?」

「今は休憩っす」

「そうか。くれぐれも無理はしないように。
 神童、よろしくね」

「はい。任せていてください」

「そだ。奈音先輩、練習付き合ってくださいよ。
 考えてるんすよ、新必殺技!」

「そうか。どんな技を考えてるんのかい?」

「そうっすね。
 2つの全く違う世界が1つになって新しい世界ができるような感じです。
衝撃波でバーン!!って!
 …例えるならば、ジ・アースとスーパーノヴァとザ・バースを混ぜたような技ですよ!!」

「…壮大すぎないかな、典人」

「俺ならできますって!」

「どの口が言ってるのか?
 先輩、聞いてくださいよ。今日もその新必殺技の練習中に挫折しそうになったんです。な、倉間。
「奈音先輩がいないとできない!!」とか叫びながら。
それに、ジャンプ力たりないし身長も片目もたりないし」

「爆ぜろ!!」

「こら典人。暴言は吐かないように」

「だって神童がぁあ!!」

 涙目になりながら叫ぶ典人。
遠くで霧野が「るせーよっ!チビ!!」と怒鳴る。君もうるさいよ、霧野。
 と思うと南沢篤志を思い出す。
放置のままだった。

「ごめんね、典人。
 先客がいるんだ」

「先客?」

「彼氏さんですか?」

「違うよ。断じて」

「よかったな、倉間」

「一瞬で消えろ神童っ」

「近いうちにまたくるよ。
 僕も新必殺技を考えないとね」

「え?
 でも奈音先輩のソニックショットは十分すぎるほど強いっすよ」

「…ありがとう、典人。
 神童も。皆によろしく。じゃ、僕はこれで」

 典人の頭を撫でてから僕は校舎裏に戻る。
 南沢篤志は水道の下から出て、水で顔を洗っている最中だった。

「ごめん。話が長引いた」

「そうか」

「あのさ」

「ん?」

 水が滴っている。
 僕はできる限りの笑顔で言った。

「サッカー、しないかい?」

「は、いきなり…」

「君のソニックショットと、僕のソニックショット。
 どっちが強いか、やってみないかい?」

 挑発的に誘うと南沢篤志は余裕の笑みで言った。

「元祖をなめるなよ」

 理解不能な言葉をいい、誘いに乗る。
 きっと南沢篤志も一生懸命にソニックショットを考えたんだ。
たまたま、考えとネーミングセンスが一致してしまっただけ。
 そう考えたら、吹っ切れた。
 
 僕が歩き出すと南沢篤志はまたもや思い出したように言う。
嫌な予感がする。

「泊めてくれ」

「君の家はどこだい」







[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ