ギガ様が真拳狩りを始めて、早数週間。たった数週間しか経っていないのに、ギガ様のオブジェコレクションは数え切れない程に膨れ上がっている。しかしギガ様はとても貪欲なお方。まだまだ物足りないようで、連日途切れることなく真拳使い達が連れてこられている。




ぼくは毎日脱走者を処刑する日々。けれど、ギガ様が真拳狩りを始めて以来、脱走者の悲鳴だけではなく、真拳狩りの犠牲者となった者達の阿鼻叫喚も、同時に聞こえてくるようになった。タワーから離れているぼくの処刑場まで聞こえてくる筈がないのに…ぼくの耳には増えた叫びがこびりついて離れない。





そんな日々が続いていた時だった。彼に出会ったのは――












「大丈夫? ……じゃない、よね…」
「………」



気休めの言葉をかけたところで受けた傷は癒せない。だけど吐いた言葉は戻らない。現に、彼は「大丈夫?」と発した瞬間にキッと強くぼくを睨み付けてきた。無言の重圧。ぼくより幼い筈の彼の視線は、とても鋭いもので。



不躾な言葉を発したことを後悔しながら、ぼくは彼の身体に残った傷の治療をしたり汚れを拭ったり…。その間も彼は言葉を発さなかった。





彼――ヘッポコ丸くんが龍牙に連行されてきたのは数日前。彼も真拳狩りの対象者の一人で、犠牲者。オブジェにされるという逃れられないレールを静かに通って、そのまま終点を迎える……筈だった。




でも、なんの因果なのか…彼はオブジェにはされなかった。オブジェにはされず――ギガ様専用の、生きた玩具となった。彼は無機質で冷たいオブジェに変形させられることなく、良いように遊ばれる玩具となってしまった。


ギガ様が退屈しないためのオモチャ。


ぶつけられるのは暴力的な性。


未見の地で、彼は一人きりで、耐えなければならないのだ。





ぼくはヘッポコ丸くんの世話役を任せられた。食事の世話や話相手。そして――ギガ様がアソンダ後の始末。それが新たに加わったぼくの仕事。






飛び散ったギガ様の(と、彼の)欲を拭っていたら、彼が急に話し掛けてきた。




「…ねぇ」
「ん? 何かな?」
「この枷さ、せめて違うのに付け替えられないの?」




顎で指し示された彼の両腕を戒めているのは、龍牙の牢獄真拳によって編み出された枷。鈍く光るそれは、彼の自由を無情に奪う代物だ。




「別に、逃げようなんて思ってないよ。ここは海の上だし、どうせ逃げられないんだから…。でもさ、せめて普通の手錠にしてくれないかな。邪魔だし」
「…君には悪いけど、これは龍牙の真拳のもの。ぼくにこの枷は外せないんだ」
「…そっか」




変なこと言ってごめん。彼はそう言ったっきり、また黙ってしまった。ぼくは掛ける言葉も見付からなくて、ただ黙々と残った痕跡を消していくだけ。




しばらくしてまとわりついた欲望は消えたけど、刻まれた傷は消すことは出来ない。まだまだ幼い彼の身体に残るギガ様がつけた痣や切傷が、ぼくの目にはとても痛々しく映った。




「…ごめんね」
「え?」




口をついて出た謝罪。。突然の謝罪に、彼も驚いているようで。



「本当なら、ぼくがギガ様の玩具でいなければならないのに…どうして、こんな身代わりみたいに…」
「身代わりって…一体どういう?」




訝しげに問うてくる彼の前で、ぼくは自分の衣服に手を掛け、それを捲り上げて素肌を晒した。――彼同様に、痣や切傷が残るボロボロの肌を。



絶句し、見開かれる紅い瞳。ぼくはゆっくりと口を開いた。




「君が来るまでは、ぼくがギガ様の玩具だった。処刑の傍ら、ぼくはギガ様の性の捌け口となっていた。ぼくはそれになんの不満も抱いたことはなかった。…でも、ギガ様は君を新しい玩具に抜擢したんだ」





『新しいの見付けたから、お前はもう来なくていいじゃん』





そう告げられた時、ぼくは一体何を思っただろうか。





安堵?

悲観?

困惑?





分からない。自分の気持ちなのに、分からない。ぼくは今まで、何を思ってギガ様の玩具となって、生きていたんだろうか。





街の隅でひっそりと生きていたぼくを拾ってくれたギガ様。あの日から、ぼくはギガ様のために生きるのが使命だと思っていた。


ギガ様から与えられるものならなんでも嬉しかった。理不尽な暴力も性も言葉も、ギガ様が与えてくれるものなら、耐えられた。苦痛だと思ったことはなかった。





それなのに、ギガ様はぼくより彼を選んだ。そこにどんな理由があるかなんて、ぼくが知れる範疇じゃない。





「ぼくは、ギガ様の玩具でも構わなかった。あの人はぼくの恩人であり絶対的な存在だから。…でも、君は違う」




服を正して、ヘッポコ丸くんと向き合う。ヘッポコ丸くんは、次にぼくがなんと切り出すか想像出来ないのだろう、不言のままにただぼくを見つめてくるだけだった。




「君はただ真拳使いだっただけ…たったそれだけのことなのに、君はこんな仕打ちを受けている。こんなこと、此処がサイバー都市と言えど、本当はあってはならないのに…」
「詩人、さん…?」
「助けられなくて、ごめんね…」




本当に、ごめんなさい――







謝ったところで彼が救われるわけじゃない。この状態を回避出来るわけじゃない。そんなこと、痛いほどに理解している。





こんなちっぽけな贖罪では、彼の冤罪は強調されない。





彼を助けることが出来ない自分が、本当に情けなく、ちっぽけな存在に思えて――




謝罪を繰り返すしか出来ないぼくは、なんて――愚かなんだろう。





――――




「随分と遅い御帰宅だな」
「…龍牙」



自分の居場所へ帰る途中、廊下の壁にもたれ掛かっている龍牙と出会した。まるでぼくの帰りを待っていたかのような口振りに、ぼくはムッとして言葉を吐く。




「お前にはなんの関係もないだろう」
「関係無くはないだろ? あのガキを連れてきたのはオレなんだからな」
「………」




そうだ。龍牙は彼を連行してきた張本人だ。無関係ではない。あるはずが――ない。



「ねぇ龍牙。どうして彼を此処に連れてきたの?」
「は、何意味分かんねぇ質問してんだよ」



ぼくがずっと疑問に思っていたことを問うと、龍牙は「馬鹿らしい」と言いたげに鼻で笑った。



「アイツは真拳狩りの対象者だった。だから拐ってきただけだ」
「………本当にそれだけ?」
「あ?」
「他に、何か理由があったんじゃないの?」
「…何故そう思う?」




龍牙が苛ついてる。ぼくを睨み付けてくる赤い瞳には、隠す気もないであろう怒りが剥き出しになっている。その視線が怖いと感じたけれど…臆する訳にはいかない。



「…違ったから」
「違った? なにがだよ」
「いつもなら、複数人の真拳使いを狩ってから戻ってくるじゃないか。なのに、あの時はヘッポコ丸くんだけを連れてきた。これは、いつもの君の行動とは明らかに異なる」
「………」
「ねぇ、答えて龍牙。どうしてヘッポコ丸くんを…ヘッポコ丸くんだけを、連れてきたの?」
「……お前には、隠し事なんか無意味みてぇだな」




フゥ、と龍牙はバツの悪そうに髪を掻いて溜め息を吐いた。やはり、龍牙は何か別の目的があってヘッポコ丸くんを連れてきたのだろうか。



渋々…といった風に、龍牙は口を開いた。




「最初にあのガキを見た時、使えると思ったんだよ」
「使える…? 何に?」
「決まってんだろ? ―――お前の身代わりにだよ」
「え――」




え、なに? 今龍牙はなんて言った? ――ぼくの身代わりに?





予想外の発言に狼狽えるぼくを尻目に、龍牙は話を続ける。




「お前がギガ様の玩具を担って早数年。オレは、ずっとお前の代わりを探してた。ずっとずっと、長い間…」
「ちょ、ちょっと待ってよ」




ぼくは龍牙の正面に立って、綺麗に筋肉のついたその肩を掴んだ。



「どうしてぼくの代わりを探す必要があるの? ぼくは、ギガ様の玩具であることに満足していた。ギガ様がぼくを玩具として選んでくれたのが嬉しかった。ギガ様から与えられる全てを受け入れてた。不満なんかない、満足だった! 不幸じゃない、幸せだった! ぼくの身代わりを探す必要なんて何処にもないじゃないか! なのに…なのにどうして…!」
「落ち着け詩人!」




肩を掴んだ両手に力が籠り、いつの間にか龍牙の肩を揺さぶっていた。叫ぶように声を荒げるぼくの体を、龍牙はキツく抱き締めてきた。痛いぐらいの力で、ぼくの体をその腕に閉じ込めたのだ。


しばらくそのまま静止され、沈黙が流れた。ぼくが冷静さを取り戻し、上がっていた息を整え終えると、それを見計らったようにポツポツと龍牙は話し出した。




「確かに、お前は満足だったろうな。不満なんかなかっただろな。けどよぉ――オレ達のことを、少しでも考えたことがあるのか?」
「龍、牙…?」
「身体中傷だらけで、笑うことも少なくなって、会えば瞳に光がない。そんなお前を見て、平常で居られるわけねぇだろうが」




いつもの覇気がない龍牙の声色。抱き締められていて表情が分からないから、今どんな表情をしているのかは想像するしかないのだけれど…。



泣きそうに――なっているのかもしれない。



そうさせてしまっているのは――ぼく?




「パナもソニックもクルマンもJも…みんなみんな、お前の身を心配してた。だからオレは、お前の代わりを探していたんだ。ギガ様が気に入りそうな奴を、探してたんだ」




そして龍牙は、ヘッポコ丸くんを見付けた。ぼくの身代わりに相応しいと判断した――銀髪の美しい彼を。




「幸い、ギガ様はあのガキをお気に召した。お前は玩具から解放された。オレは、それが本当に嬉しかったんだ…」
「でも…でも、ヘッポコ丸くんが犠牲になるのは間違ってるよ! 彼は、なんの関係もないのに!」
「たとえそうだとしても! オレは…オレ達は…














お前が傷付くのは、もう見たくないんだ――」





本気になれば、龍牙の腕から逃げることも出来たと思う。だけどそうしないのは、この腕から伝わる体温が心地良いと思ったからだ。



ギガ様の玩具であった頃、唯一感じることが出来なかった、抱擁で伝わる体温。



―当然だ。ぼくはギガ様にとってただの玩具だったから。抱擁なんて、必要なかったんだから。





ぼくは愚かだった。結局、ぼくはただのエゴイストだったのだ。自分だけの幸せを考えて…周りにどれだけ心配されていたかなんて…全然知らなかった。


いつも気丈な龍牙がこんなにしおらしくなるなんて…涙を流すなんて…きっとぼくの責任なんだ。他のメンバーにも、多大な迷惑を掛けていた。それに気付かなかったぼくは、総長失格だ…。




頬の上を何かが滑っていった。それが涙だというのは気付いたけれど、拭うことはしなかった。












――――
一方的だと気付いて
シド/妄想日記2

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