水戸部が、泣いていた。














最初は、二人でいつも通り練習していた。1on1をやって、一休みして、それから二人共別々のコートでシュート練習を始めて。三十分くらい経って疲労が体に牙を剥き始めて、それを拭うように辺りに散らばったボールを拾っていて…ふとオレは水戸部の方に目をやった。






オレの目に映った水戸部は、静かに…寡黙にシュートを打ち続けていたけれど、頬を滑るのは汗だけではなく、黒水晶のような瞳から流れる涙が、追加されていた。水戸部は泣きながら――ただボールをその手から放ち続けていたのだ。







水戸部の精神状態が何時もよりぐらついているのは一目瞭然だった。



けど、オレは声を掛けることすらも憚れて。それを拭おうともせずに黙々とシュートを放つ水戸部を止めなきゃって思えなくて。




水戸部の泣き顔を、ただ黙って見ていたんだ。





パサッ パサッ ガコンッ パサッ ガコンッ





ボールがネットをくぐる音とゴールポストに阻まれる音が、順々にオレの耳を刺激していく。相変わらず水戸部は泣いたままで、それでもフォームの乱れは一切無くて。泣いてさえいなければ、其処に居るのは何時もの水戸部なのに。




『涙』ってオプションが追加されただけで、こんなにも印象は違うものなのか。





だんだんと籠の中のボールが減っていく。しかし水戸部は辺りに散らばるボールに目も繰れず、淡々と籠に詰まったボールを消化していく。転がるボールは床の表面積を減らし、覆い隠していく。拾われることのないボールは其処に鎮座するだけ。籠の中のボールの減少は、止まらない。




ガコンッ




また一つ、阻まれた。いい加減疲れが出始めたのだろう、さっきからシュートが決まらなくなってきた。立ち尽くしていたオレはボールを床に置いてそれに腰掛け、水戸部の顔が悔しさに歪む様を――足掻く様を、見つめ続けた。止める気が全く湧かなかったオレは、今更声を掛ける気も無い。それに、今声を掛けたって、水戸部がその手を止める保証はない。声を掛けるなら、籠の中のボールが全て無くなってからがベストだろう。





涙を流して、歯を食い縛って、嗚咽も溢さず、泣く水戸部。頬を滑る汗と涙の雫が、窓から差し込む夕日に照らされてキラキラ光って、綺麗だと思った。動く度に床に弾けるその雫が勿体無くて、その全てを舐め取ってしまいたい衝動に駆られた(オレ変態みたいじゃん)。




ガコンッ




最後のボールもゴールポストに阻まれて、無情に床をバウンドしてオレの足元まで転がってきた。それを拾い上げ、タムタムとドリブルしながら水戸部に近付いた。疲弊しきって息を荒げて座り込んでいる水戸部に、オレは問い掛けた。




「満足したの?」




自分でも驚くぐらい冷静な声色で問うと、ゆっくり交叉したオレらの視線。それは水戸部によってすぐ逸らされ、言葉の代わりに控え目な首振りが一つ返ってきた。



縦に首振ったってことは、一応は満足したんだろう。…流れる涙は、未だ止まらないけれど。



まるで、自分が泣いてることに気付いてないみたいにその涙は垂れ流しにされて、頬を滑っては汗と同化して床に斑点を作っていく。




「泣いちゃダメだよ、水戸部」




流れる涙を舐め取ってやると大袈裟に跳ねる肩。涙で濡れた目元にキスして、また溢れてきた涙を吸って、慰めるように髪を撫でた。痛みの無い、女の子のそれより少し固い髪質だけど、するするとオレの指に絡むことなく流れる。水戸部は嫌がる素振りも見せず、ただされるがままに受け入れてくれている。





水戸部がどんな葛藤を抱いているかなんて、オレには全てを察することは出来ない。だけど溢れる涙は嘘偽りなく、水戸部の心中の煮え切らない思いを代弁しているようで。





なぁ水戸部。




決勝リーグでの敗北は、水戸部の心にどれだけ深い傷を残したの?




「水戸部」




言葉を発しない分、水戸部はあの悔しさ・悲しみを上手く消化出来ていないんだと思う。消化不良を起こし始めていた苦節は、涙となって体外に排出されている。涙に抱えた全ての葛藤を乗せて。



全てを流し終えたら、きっと何時もの水戸部に戻ると思う。オレはそれを待ち続けて、支えてあげればいいんだ。それがオレの役目なんだ。




「大丈夫。オレがずっと、水戸部の側に居てやるからさ」



泣きたいなら泣いちゃえ。全部吐き出して楽になったらいいよ。




そっとギュッと抱き締めて、「大丈夫だから」と繰り返し囁いた。確信なんてないけど、こうやってこう言ってあげるのが、今の水戸部には一番の特効薬なんだと思う。今の水戸部には、支えが――縋り付く何かが、必要なんだと思うから。


暫く固まっていた水戸部だけど、次第にオレの肩に顔を埋めてまたボロボロと泣き始めた。嗚咽混じりの泣き声が耳を擽る。肩の布地が涙を吸って冷たく濡れていく。オレはポンポンと背中をあやすように触れて、髪を撫でて、流れる涙を拭いながら、水戸部が泣き止むまでずっと黙ってた。








なぁ水戸部。
その涙が止まったら、また笑い合ってバスケしような。


流した想いを無駄にしないために――次こそ、勝つために。













――――
涙を力に
ナイトメア/Can you do it?

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