繋ぐ手と逆の手にはの続き
罪は消えない。罰は消えない。咎は消えない。何も何も何も、この記憶から消え去ることはない。纏い続けた血の臭いが、そう簡単に流れてくれるはずがない。
人を引き裂く感触と人々の悲鳴が、生々しいノイズとなって耳を壊し続ける。
逃げ惑う人々を追い掛け追い詰めた足は、なかなか止まってくれなくて。
振り上げた手を、止める術は無くて。
同じことを何度も何度も繰り返し、何度も何度も悪夢を見た。
全て、帝国に居た時に俺が[邪王が]犯したコト――
抗う術を失い、殺戮と破壊を繰り返していた俺の[邪王の]記憶――
もう戻れないと思っていた。これだけの罪を犯しながら、また平然と人を救う土俵には立てないと――そう考えていた。
だけど皆は、こんな俺をまた受け入れてくれた。血生臭くなった俺を拒絶することなく、暖かな腕で包んでくれた。
「………」
俺の左手は、消えない赤黒い痣が掌を支配している。邪王が初めて共有してくれた、俺が[邪王が]奪った命の証。命の色。
邪王が消えた今、この掌に残った痣だけが、俺の罪の象徴だ。この痣以外は、綺麗なまま。――見た目だけかも、知れないけれど。
「もう、オレの役目は終わる」
ボーボボさんとの決着の前。俺の前に現れた邪王は、悲しそうな――苦しそうな――形容しがたい表情をして、そう呟いた。
「きっとオレは、あの男には勝てない。お前だって、そんなこと痛いほど理解してるはずだろ?」
「………」
分かってる。分かってるよ。
きっと俺は勝てない。邪王の力を借りても…勝てやしない。
ボーボボさんは、強いから。
「負けるつもりでは戦わない。だけど、オレは負けるだろう。そうなればきっと、オレは消える」
「………」
「…『罪』は、オレが背負って逝く。お前は…まぁ、記憶は無くとも感覚は残るだろうし、そこまではオレにはどうしようも」
「良いさ、全部背負わなくったって」
「は?」
邪王の申し出は、きっと彼なりの最後の――最期の優しさだったのだろう。だけど俺は、その優しさに甘んじなかった。
「今までの『罪』はお前だけが築いたモノじゃない。俺が、お前に押し付けて…途中から共有していた…俺達二人の『罪』だろ?」
「…たしかに、そうかもな」
「だから、さ…俺だって、その『罪』を被らなきゃいけないんだ。お前にだけ背負わせたりしない」
「………共有、か」
「言い出したのは、お前だろ?」
「違いねぇ」
闇に――邪王にだけ奪った人の命を背負わせていることに耐えられなかった俺。押し付け続けるのに、耐えられなかった俺。
それを見かねて、邪王は共有という手段を取ってくれた。邪王はきっとそんなことするつもりは無かったんだろうけど…。
邪王が汚れれば俺も汚れる。裏が濁れば表も濁る。
俺達は最初から、そう在るべきだった。
「お前はそれで、後悔しないんだな?」
「この道に踏みいった時から後悔の連続だから」
「なら良いか」
もうすぐ永遠の別れだというのに、俺達は笑い合った。思えば…これが最初だったかもしれない、邪王と笑えたのは。
そして――最後だったんだ。
「時間だ」
そう言って消え行く邪王。俺のナカに帰るため、その姿を透かして無くしていく。俺はそれをただ眺めて、何もしない。
[二つ]が[一つ]に戻るだけ。
ただ、それだけだ。
「じゃあな、相棒」
「あぁ…じゃあな」
霞んでいく邪王の横を通り過ぎて、俺は目的地へと足を運ぶ。言葉を交わしたのは、コレが最後で――最期だった。
気が付いた時、俺の意識は俺でしかなくて。
邪王の気配は、跡形もなく消えていて。
残っていたのは、左手に残る赤黒い痣だけで。
やっぱり――アイツは俺の罪のほとんどを背負って逝ったんだって、嫌でも分かった。
「あの、バカ…」
吐いた悪態は浴びせる相手の不在によってただの無意味な空気振動となって消えた。消えてくれないのは、邪王の記憶と罪の記憶と…罪を意味する、痣。
敢えてこの部位にこれを遺したのは、アイツの遺志…なのだろうか。
邪王に全てを押し付けていた時、俺の身体を蝕む[罪]は左手にしか及んでいなかった。共有によって、俺も邪王も、最後には全身が[罪]にまみれていたけれど。
この痣は、当初の俺の罪の証なのかもしれない。
臆病だった俺の愚かさの象徴、それが最初からこびりついていた血だ。アイツは、敢えてそれに濡れていた左手にしか痣を遺さずに、残りの罪を背負ったのだろうか。
何が本当なのかなんて――邪王にしか分からない。考えたって、答えは闇の中だ。
だから、今はこの痣に誓いを立てよう。
「もう、逃げたりしないから」
遺してくれた痣に口付けて、もう居ない[自分自身]に、確固たる決意を送ろう…。
――――
左手見て想った
アンティック-珈琲店-/華ゾ昔ノ薫二匂イケル