時渡の鬼姫

□時渡の鬼姫
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目の前の注意書きに目をやりつつ、暮れなずむ森を抜ける為足を急がせる。



(油断した…)



ちょっとした休憩のつもりだったが、まさかこんな時間になってしまうとは。


この時間だと、こちらの世界の親にこっぴどく怒られるのは目に見えている。



(…ならいいかな)



急ぐことを諦め、走るスピードを緩めた。

どうせ怒られるのだ、これ以上遅くとも結果は同じだろう。



「ふぅ…」



ただ毎日、こうして何もせずに過ぎて行ってしまう。



外の世界は危険だから。

自分達の高貴な身は、人間達に利用されてしまう。



そう言われ親に大切にされているのはとても嬉しいが、だとしたら自分がこの世界に生まれ落ちた理由がない。


なぜならば、以前の世界にいた自分は死んだわけではないのだから。


命は、輪廻転生する。


でもそれは、命が死んでしまってからのこと。


前の私は、死んでない。



「……」



足を止め、水音のする方を見つめる。


そこには小さな小川があり、そういえばこの先に行ったことはないことに気が付いた。



「行ってみようかな」



誘われるようにそちらに足を向けた。


少し歩いたその先には、小さな湖。

そのほとりに見えた岩に近寄ると、そっと腰かけてみる。



「うん、ちょうどいい高さ」



さらりと岩肌を撫でて、湖を見つめる。

僅かに残る陽の光によって、その水面は宝石も顔負けな光を放っている。


ただ時間が過ぎる中、その光景を楽しんでいた。


ふと、視線を下に落とした。


なぜと聞かれれば答えようもない、なんとなくというそれで。

しかしそれにより、大げさかもしれないが人生を変えてくれるきっかけになるものを見つけることができたのだ。



「本…?」



古びた一冊の本が、足元に落ちていた。

暗い足元に手を伸ばしそれを拾ってみれば、随分と傷んでいた。

タイトルも読めない上に、おそらく開けば朽ちてしまうだろう。



「物質戻し」



念能力を発動させ、元の姿に戻してやる。

そうすれば、鈍い光を放って新品同様の本が手元に現れた。


表紙には“HUNTER's Biography”。



「これは―――…」



聞いたことのないその名前に高揚感を覚え、なんら代わり映えのない人生に光が差した気がした。



ツヅク
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