時渡の鬼姫

□時渡の鬼姫
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序章 知らない世界






どくん、どくん、と一定の音が支配する狭い世界。


この感覚は、自分の身体が随分前に体感しているはず。

でも、どうして今同じことが繰り返されているのだろうか。









目を開けてみれば、真っ青な空に緑の木々。

さらっと頬を撫でるのは暖かな風。


もう一度目を閉じ、また開けてみてもそれは変わらず。



「ここ、どこ…だっけ」



小さく呟いてみても、誰からも返答はない。

そっと横に視線を向けてみれば、視線と同じ高さの草花が見えた。

そのうちの一つを見つめて、ああそうだったと思い出す。



「私の、新しい生きる世界だ…」



ここは、自分が再び生まれ落ちた世界。








自宅からほど近いこの草原で横たわっていたが、心地よさからそのまま眠ってしまったようだ。


ゆっくりと身体を起こして伸びをすれば、自分が腕を置いていた位置に花を見つけた。

腕の重みのせいか、小さなそれは潰され萎れてしまっている。



「あ…ごめんね」



その花に向かって一言謝罪し、人差し指で軽く触り丸を描く。

すると、その花はゆっくりと起き上がり萎れる前の美しい姿に戻った。



「ん、綺麗」



嬉しくなって自然と笑みがこぼれた。




この世界は、以前の世界とはいろいろと大幅に違う。

でもそれはこの世界の特徴であって、“違う”とは判断できないのかもしれない。

現に、自分はここにいてそれを体感しているのだから。





「魔獣注意って」



普通、森に魔獣はいない。

しかし、ここはごくごく普通に森に魔獣が存在する世界なのだ。


これがこの世界の“普通”だ。


それから、自分の身に付いているこの不思議な能力。

人づてに聞いたこの能力は“念能力”と言うらしい。

先ほどの萎れてしまった花に、その念を送り込んでやればまた美しい姿に戻った。

そんな不思議な能力を身に付けても“普通”なのだ。


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