akogi's ss

□せつなくて、あたたかい
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九月の兄ちゃんの誕生日にハンカチをあげたと話したら、準さんに変な顔をされた。

「タオルとかじゃなくて、ハンカチ?」
「うん。だってタオルとかは他の人とかぶる気したし、兄ちゃんけっこうハンカチ使うんだよね」

俺はべルトを締めながら答えた。準さんは、やはり変な顔をしながら冷たい制服に袖を通している。
この季節は練習でかいた汗がすぐ冷えるので、脱いだ練習着は冷たくじっとり濡れていた。それをバッグに突っ込んで、準さんが着替え終わるのを待つ。

「あの呂佳さんが…?」
「準さん、兄ちゃんに会ったことあったっけ?」
「ないけど、和さんとかから噂はよく聞く」
「なんて?」
「野球上手くて…」
「うん」
「ゴツイ」
「…まあ、間違ってはいないけどさ」
「とりあえず、ハンカチとか持つイメージはないな」
「そう? 大学生ってスーツ着る機会あるから、けっこう使うみたいだよ。それに兄ちゃん、ああ見えて几帳面だから出かけるときとかは絶対ハンカチ持ってくし」

几帳面はちょっと言い過ぎだったかな、と思いながら着替え終わった準さんと部室をあとにした。

今日は練習が終わったあとに「もうちょっと投げたい」と言う準さんに付き合って、居残り練習していた。
俺今日誕生日なのになぁと思わないでもなかったが、和さんと代わった俺になんとか慣れようとしてくれているのがわかっていたので何も言わなかった。

いつもより重い足でペダルを漕いで帰路につく。吐く息が白くなっていて、驚いた。
ちょっと興奮ぎみに準さんにそのことを伝えると、「なあ、どんなハンカチあげたんだ?」とまだ兄ちゃんの話を引きずっていた。

「えー、けっこういい値段の買ったよ。どっかの紳士服メーカーのやつ」
「…チェック柄?」
「うん。ベージュと黒のギンガムチェック」
「ふーん…」

そんなに気になるような話だっただろうか、と思いながら黙った準さんと並んで自転車を走らせること五分ほど。俺の家についた。
俺の家は準さんの家から学校に行く途中にあるのだ。

「おやすみー」と言って門を開けようとすると、「おい」と呼び止められた。
振り向くと、顔面に何かを投げつけられた。
バシッと音を立てて俺の顔に当たって地面に落ちたそれを拾い上げる
と、見覚えのある包み。

「準さん、これ」
「プレゼントだよ。誕生日まで練習付き合わせて悪かったな」
「…覚えてたんだ」
「ばーか。これで何年目だと思ってんだ」
「…そうだね」

「ありがとう」と言うと、準さんは「おう、じゃあな」と言って自転車のペダルをこいだ。
門に手をかけたままそれを見送っていたら、角に曲がる前に準さんが振り向いた。

「ハンカチ持つのが几帳面っつーならな、お前もたいがい几帳面だぞ」
「え?」

「なにそれ」と俺が聞き返す前に、準さんは再び走りだして角を曲がってしまった。

首を傾げながら自転車を門の中に入れて、もらったプレゼントを手に玄関前に立つ。家から漏れる明かりの下で見ると、やはりその包みには見覚えがあった。
開いてみると出てきたのはベージュと黒のギンガムチェックのハンカチ。俺が兄ちゃんに買ったのと同じものだ。

「……」

「お前もたいがい几帳面だぞ」という準さんのセリフを思い出して、制服のポケットに手を突っ込む。ハンカチが入っていた。
どうやら、俺にも兄ちゃんのクセがうつっていたらしい。

「…だって、ハンカチって意外に使うじゃん?」

一人言い訳のようにつぶやいて玄関の戸を開けた。
「お帰りなさい」という母の声と一緒にぷんっとからあげの匂いが台所からした。
嬉しくなりながらリビングに入っていくと、兄ちゃんがソファーに座っていた。

「お帰り」
「ただいまっ」

兄ちゃんが帰っていた。からあげ以上に嬉しくなって、俺は満面の笑みになった。
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